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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
一年生編

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12/50

第12話:『デーバス』鑑賞会。その「緊急回避行動」は、俺の心臓に悪いです

 中間テストも終わり、とある放課後。

 俺とアリスは、駅前の大型古本屋『オン・ザ・ブック』の通路にいた。

 目的は、これから俺の部屋で行う『デーバス』鑑賞会のための資料(原作漫画)探しだ。


「……埃っぽいです。それに何ですか? この匂いは」


 アリスは店内の独特な匂いに、少しだけ鼻を鳴らした。


「この匂いに関しては慣れるか我慢するしかない」


(正直、俺もこの匂いは好きじゃない)


「カケル。なぜわざわざ物理媒体フィジカルを探すのですか? 電子書籍デジタルなら、ダウンロードは一瞬。在庫切れのリスクもなく、蔵書スペースもゼロです」

「出たな、電子派」


 俺は「100円コーナー」の棚から、少し背表紙が日焼けしたコミックを抜き取った。


「一番の理由は値段だ。電子だと定価に近いけど、ここなら一冊100円で買える。最新刊まで揃えても相当安く済むんだ」

「……なるほど。コストパフォーマンスの追求ですね」

「それとな、俺はこの『ページをめくる』動作そのものが好きなんだよ」


 俺はパラパラと漫画をめくってみせた。


「紙の擦れる音、指に伝わる感触、そして『ここまで読んだ』という厚みの変化。そこに、物語を摂取しているという実感があるんだ」

「……ロマンチシズムですね。情報の取得という目的において、媒体の質量はノイズでしかありません」


 アリスは冷徹に切り捨てたが、ふと狭い通路で客とすれ違う際、俺の服の袖をギュッと掴んだ。

 棚と棚の間。人が一人通れるだけの狭い空間。

 俺の肩に、彼女の体が触れる。


「……ですが」

「ん?」

「……物理的な接触フィジカル・コンタクトも、悪くはありませんね」


 アリスは少し顔を赤らめて、ボソリと呟いた。

 古本の匂いに混じって、彼女の甘い香りがした気がして、俺は慌てて視線を本棚に戻した。


 ◇ ◇ ◇


 買い物を終え、俺のアパートへ移動する。

 二度目の来訪となるアリスは、慣れた様子で「お邪魔します」と靴を脱ぎ、コックピット(六畳間)に鎮座した。

 ちゃぶ台の上には、買ってきたばかりの『デーバス』の単行本と、激安ディスカウントストア『メガ・ジャングル』で買ってきたお菓子、ジュースが並べられた。


「さて。準備は整ったな」

「はい。兵站ロジスティクスは確保済みです」

「で、アリス。どっちからいく?」

「どっち、とは?」

「原作の漫画から読むか、アニメから入るかだ」


 俺は単行本と、テレビのリモコンを交互に指差した。


「この作品はアニメ化で一気に人気に火がついた作品なんだけど、原作の漫画もかなり面白くてな。絵の勢いとか、台詞回しのテンポとか、漫画ならではの良さがある」

「ふむ」

「俺は漫画から入った口なんだけど、アリスはどうする? 漫画を読んでからアニメで補完するか、アニメで衝撃を受けてから漫画で深掘りするか」


 アリスは少し考え込み、顎に手を当てた。


「……アニメーションを選択します」

「理由は?」

「予告編で見た『動き』に興味があるのと、音声と映像が同期している方が、短時間での情報摂取量インプットが多いからです」

「なるほどな。まあ、デーバスに関してはアニメから入るのも正解だ。あのアクションシーンは必見だしな」


 方針が決まった。

 俺がテレビのリモコンを操作しようとすると――アリスが素早くスマホを取り出した。


「待ってください。再生前に、ウィキペディアで結末を確認します」

「はあ!? 何してんだ!」


 俺は慌てて彼女の手からスマホを奪い取った。


「ネタバレ禁止! これから観るのに結末を知ってどうする!」

「予習です。誰が死ぬのか、どのような結末バッドエンドを迎えるのか。事前に情報を把握することで、伏線回収の技巧を冷静に分析アナライズできます」

「それを『野暮』って言うんだよ!」


 アリスは不満げに頬を膨らませた。


「理解できません。さっき『漫画から読むか』と提案したのはカケルでしょう? 先に物語を知るという意味では、漫画もウィキペディアも同じ『ネタバレ』ではありませんか」

「全然ちげーよ! 漫画は『物語を体験すること』だ! ウィキのあらすじはただの『データ』だ! 体験と情報を一緒にするな!」

「……むぅ」

「その『初見の衝撃』こそがエンタメの醍醐味だろ! いいから騙されたと思って、情報を遮断して観ろ!」

「……カケルがそこまで言うなら」


 アリスは渋々スマホを諦めた。

 全く、この効率厨のお嬢様には困ったものだ。


 ◇ ◇ ◇


 部屋のカーテンを閉め、少し薄暗くする。

 テレビ画面に『デーモンバスター』のオープニングが流れ始めた。


「……作画枚数が多いですね。滑らかです」

「だろ? ここからが凄いんだ」


 物語が始まる。

 主人公の家族がデーモンに襲われ、日常が崩壊する第一話。

 アリスの天敵である「グロテスクな描写」や「容赦のない暴力」が描かれる。


「ッ……!」


 アリスが息を呑んだ。

 俺はコタツの横に座り、アリスはその隣、少し距離を空けて座っていた……はずだった。


 中盤。主人公の師匠的なキャラが、デーモンに無惨に食い殺されるシーン。

 事前のネタバレを封じられたアリスにとって、それは完全な「予想外の死」だった。


(そういえば一話目から結構グロシーン多かったんだよな)


「ひゃっ!?」


 アリスが可愛らしい悲鳴を上げた。

 次の瞬間。

 ドン、という衝撃と共に、俺の左腕に温かい重みが乗っかった。


「……え?」


 気づけば、アリスが俺との距離を一気に詰め、俺の左腕を両手で抱え込んでいた。

 彼女の肩が俺の肩に密着し、額を俺の二の腕に押し付けている。

 ガタガタと震える振動が、直接伝わってきた。


「あ、あの、九条院さん?」

「……しっ。静粛に」

「いや、近くないか? さっきまでもっと離れてただろ?」


 俺が指摘すると、アリスは画面から目を逸らさずに、早口でまくし立てた。


「緊急回避行動です! ネタバレ遮断により、ストレス値が許容範囲を超えました! よって、最も近くにある構造物カケルを支柱として利用し、姿勢制御を行います!」

「構造物扱いかよ! それに近いって!」

「我慢してください! これは私の生存に関わる問題です!」


 アリスは俺の服の袖をギュッと握りしめ、さらに体を寄せてくる。

 二の腕に感じる、彼女の体温と柔らかさ。ふわりと香るシャンプーの匂い。

 画面の中では主人公が絶叫しているが、俺の心臓も別の意味で早鐘を打っていた。


(……これ、何の修行だよ)


 結局。

 第一話が終わるまでの二十分間、俺はお嬢様の恐怖を受け止める「安全地帯セーフティゾーン」として、身動きが取れなくなる羽目になった。


 エンディング曲が流れる頃、アリスはようやく落ち着きを取り戻し、パッと俺から離れた。


「……ふぅ。危険な任務でした」

「俺の腕が痺れたわ……」

「ですが、カケルの理論も一理ありました」


 アリスは少し赤い顔で、テレビ画面を見つめた。


「ネタバレを封印したことによる、未知の展開への恐怖。……心臓に悪いですが、ドーパミンの分泌量は通常の三倍を記録しました」

「だろ? それが『楽しむ』ってことだよ」

「……悔しいですが、認めましょう。ネタバレなしも、悪くありません」


 彼女はチラリと俺を見て、小さな声で付け加えた。


「それに……安全地帯セーフティゾーンの居心地も、悪くありませんでしたし」

「……聞こえてるぞ」


 俺たちは顔を見合わせ、なんとなく気恥ずかしくなって、同時に視線を逸らした。

 

 分かり合えない価値観。

 埋まらない経済格差。

 けれど、こうして同じ画面を見て、同じ時間を共有することはできる。


 まあ、腕は痺れたけど。

 こういうのも、たまには悪くないのかもしれない。

次回 第13話:『アニオリ』は邪道ですか? いいえ、それも一つの正解ルートです

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