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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
一年生編

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10/50

第10話:カラオケボックスは、歌うためだけの場所ではありません

 公立・銀杏(いちょう)高校、1年B組。

 それが俺たちの所属するクラスだ。


 昼休み。教室はいつものように騒がしいが、ある一角だけ、不可視の結界が張られたように静まり返っていた。


 窓際の後ろから二番目。

 そこに座っているのは、転校してきて一週間が経つ九条院アリスだ。

 黒髪を揺らし、背筋を伸ばして文庫本を読んでいる。ただそれだけで、そこだけ空気が澄んで見える。


(……相変わらず、遠巻きにされてるな)


 クラスメイトたちは、アリスをちらちらと見ているが、誰も話しかけようとはしない。

 『高嶺の花』すぎて、どう接していいか分からないのだ。

 美術館に飾られた国宝級の壺には、誰も触りたがらないのと同じ理屈だ。


 対する俺、佐藤カケルは、隣の席にいる「その他大勢(モブ)」の一人。

 カースト上位でも下位でもない、空気のような存在――のはずだった。


 「……カケル」

「うわっ」


 アリスが隣の席の俺に声をかけてくる。

 クラス中の視線が、一点に集中する。


 教室がシン……と静まり返る。

 まただ。最近、彼女が俺に話しかけるたびに、クラス中が「なんで佐藤?」という空気のクエスチョンマークで埋め尽くされる。


「どうした、九条院」


 俺はあえて名字で呼んだ。学校では「アリス」とは呼ばないようにしている。これ以上目立たないための、俺なりの防衛策だ。


「放課後の予定を確保したいのです」


 アリスは真剣な顔で、制服のポケットから一枚の紙切れを取り出した。


「以前駅前で、このような『招待状インビテーション』を入手しましたのを忘れていました」

「……招待状?」


 俺が受け取ったのは、駅前で配られている『カラオケ砦・室料30%OFF』のティッシュ付きチラシだった。


「これ、ただの割引券だぞ」

「なんと。てっきり、選ばれし者だけが入場を許される音楽ホールへの切符かと」

「誰でも入れるよ。……で、行きたいのか?」

「はい。防音設備完備の個室にて、発声訓練ボイストレーニングを行いたいのです」


 アリスの発言に、周囲の聞き耳を立てていた連中が「カラオケ!?」「あのお嬢様が!?」とざわめくのが聞こえた。


「わかった。じゃあ放課後な」

「契約成立ですね」


 アリスは満足げに頷くと、招待状を学生カバンにしまった。


(……視線が痛い)


 男子からの「なんでお前なんだよ」という嫉妬と、女子からの「どういう関係?」という好奇心。

 俺の平穏な学校生活は、彼女によって着実に崩壊しつつあった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後。

 俺たちは駅前のカラオケボックスの一室にいた。


「……狭いですね」


 アリスは部屋に入るなり、眉をひそめた。

 二人用の部屋は、俺の家のコックピット(六畳間)よりもさらに狭い。ソファに座ると、膝が触れ合いそうな距離だ。


(いや、本当に狭い。こんな狭い部屋があったのかというくらい狭い)


「密閉空間。薄暗い照明。防音壁……。ここは本当に歌う場所ですか? 秘密裏に尋問を行うための取調室では?」

「歌う場所だよ。ほら、座れ」


 俺たちはドリンクバー(もちろんアリスは元を取ろうとしたが、俺が止めた)からウーロン茶を持ってきて、ソファに並んで座った。


「まずは機械の操作だ。このタブレットで曲を入れる」

「ふむ。検索機能付きのジュークボックスですね」

「アリスは何を歌うんだ? 知ってる曲あるのか?」


 アリスは少し考え込み、タブレットを操作した。


「音楽の授業は履修済みです。私の十八番オハコを披露しましょう」


 送信ボタンが押される。

 スピーカーから重厚なオーケストラのイントロが流れた。


(……え? この曲って)


 画面に表示されたタイトルは『魔王』。


「お父ーさんー、お父ーさんー! 魔王がー!」


 アリスがマイクを握りしめ、朗々とした美声で歌い出した。

 ドイツ語ではないが、音楽の教科書に載っている日本語歌詞だ。

 上手い。無駄に上手い。ビブラートが効きすぎて、部屋の壁が振動している。


(……カラオケで『魔王』歌うやつ、初めて見たわ)


 曲が終わると、アリスは「ふぅ」と満足げにマイクを置いた。


「どうでしたか? 腹式呼吸は完璧だったはずです」

「いや、上手いけど……上手すぎて引くレベルだわ。カラオケってもっとこう、軽いノリで歌うもんだぞ」

「軽いノリ……?」

「例えば、今流行ってるアニメの曲とかさ。ほら、『デーバス』の主題歌なんて1期の曲なのに未だにランキング入りしてるぞ」


 俺が言うと、アリスは悔しそうに唇を噛んだ。


「……『デーバス』。その主題歌も候補にはあったのですが」

「歌わないのか?」

「履修しようとしたのです。サブスクリプションでTVシリーズを視聴しようと。ですが……第1話開始ゼロ分で、画面がブラックアウトしました」

「あー……」

「『九条院フィルター』です。あの作品、デーモンの討伐描写が生々しいらしく、『教育上不適切』と判断されました」


 なるほど。デーモンバスターはアクション作画が凄いことで有名だが、同時に首が飛んだり血が出たりするハードな描写も多い。


「ですので、主題歌の文脈が理解できず、断念しました。……カケル、相談なのですが」

「ん?」

「以前、ホラー映画は貴方の隣で鑑賞することで『セーフ』判定となりました。ならば、アニメも貴方の基地アパートであれば、フィルターを回避できるのでは?」


(なんだその謎理論は!?)


「……まあ、俺ん家はペアレンタルコントロールはついてないけど」

「では、近日中に『デーバス鑑賞会』の開催を申請します!」

「はいはい、わかったよ」


 また俺の部屋に招く口実ができてしまった。

 まあ、俺も好きな作品だし、解説しながら観るのも悪くないか。


「で、次の曲はどうするんだ? デーバスが駄目なら」

「……分かりません。カケル、ご教授ください」


 アリスが真剣な瞳で俺を見た。


「クラスメイトと円滑に交流するために最適な、一般的かつ大衆的な楽曲を」

「それなら、これだ」


 俺は、誰もが知っている国民的なJ-POPバンドの曲を予約した。

 アップテンポで、サビでタオルを回したくなるような曲だ。


「一緒に歌うぞ。ガイドボーカルつけてやるから」

「はい!」


 俺たちはマイクを握り、狭い個室で声を張り上げた。


 歌っている間、ふとアリスの方を見る。

 彼女は歌詞を追うのに必死で、リズムに合わせて体を揺らしている。

 その拍子に、彼女の肩が俺の肩にコツン、と当たった。


「あっ……」


 アリスがこちらを向き、目が合う。

 薄暗い照明の中、モニターの光に照らされた彼女の顔が、少し赤く見えた。


 狭い。

 改めて認識すると、この空間は異様に距離が近い。

 防音扉で外界と遮断された、二人だけの密室。

 歌うのを止めれば、互いの呼吸音が聞こえてしまいそうな静寂。


(……なんか、変な空気になったな)


 曲の間奏中。

 アリスがマイクを両手で握りしめ、ボソリと言った。


「……カケル」

「ん?」

「この部屋……歌うだけにしては、セキュリティが高すぎませんか?」

「まあ、防音だからな」

「……誰にも、聞こえないのですよね?」

「ああ」


 アリスは周囲をキョロキョロと確認し、少しだけ俺の方へ体を寄せた。


(なになになに? なんだこれ)


「あの……相談があるのです」

「相談……って?」

「学校での、私の立ち位置についてです」


 アリスの声のトーンが下がった。

 さっきまでの『魔王』の迫力はどこへやら、少し弱気な声だ。


「誰も私に話しかけてくれません。私は……クラスに馴染めていないのでしょうか?」


(ああ、気にしてたのか)


 俺は苦笑して、マイクのスイッチを切った。


「馴染めてないんじゃなくて、ビビられているんだよ」

「ビビられている?」

「お前、綺麗すぎるし、登校は黒塗りの車だし、雰囲気も高貴すぎるんだよ。みんな、どう接していいか分からないんだ」

「……私は、普通に接してほしいのですが」


 アリスは寂しそうに俯いた。

 その肩が小さく見えて、俺はつい、余計なことを言いそうになる。


 ――俺がいるだろ。

 なんて、そんなことを言えるわけも無く。


 俺は咳払いをして、タブレットを手に取った。


「ま、時間はかかるかもしれないけど、焦ることはないさ。とりあえず……」

「とりあえず?」

「今歌ったみたいな流行りの曲を覚えておけ。これをクラスの打ち上げとかで歌えば、ギャップ萌えで一発で人気者だ」

「……本当ですか?」

「おう。俺が保証する」

「ギャップ……萌え……。新しい概念ですね、覚えておきます」


 アリスはパッと顔を輝かせ、「ご教授お願いします、師匠マスター!」とマイクを構え直した。


 密室のドキドキ感は、まだ俺たちには早すぎる。

 今はこうして、バカみたいに歌っているくらいがきっと丁度いい。

次回 第11話:テスト勉強をファミレスでする意味が、私には分かりません

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