カイル - 1
回想:セラ・アルヴェイン
どこまで話せばいいのだろう。
ダリウスの視線を感じながら、私はすぐに口を開くことができなかった。
言葉を選ぼうとすると、その前に――決まって、彼の姿が浮かんでしまう。
カイル・セリオン。
答える前に、私は一度、ゆっくりと思い出してみることにした。
最初から、すべてを語る必要はない。
けれど、何も思い出さずに語れるほど、軽い名前でもなかった。
初めて会ったとき、彼は教会から派遣されてきた僧兵だった。
十五歳の同い年だと聞かされていたけれど、背は私より少し高く、日に焼けた肌に、黒く柔らかそうな髪。
彫りのはっきりした顔立ちは、どこか異国めいて見えた。
視線を合わせるときは穏やかなのに、目の奥だけが、落ち着きなく周囲を追っている。
じっとしているのが、あまり得意ではなさそうだった。
領主の娘が、防衛戦で戦えるようになるための訓練。
だいたい三日おき走り込みの護衛と、格闘術の組手相手。
それが、彼に与えられた役目だった。
私が走れば、一定の距離を保って並び、組手になれば、決して踏み込みすぎない。
礼儀正しくて、無難で、少しよそよそしい。
だから、あの日のことは、今でもはっきり覚えている。
郊外へ走りに出た途中、彼がふいに言ったのだ。
「……いいもの、見せてあげようか。」
そう言って、少しだけ進路を外れ、丘の向こうへ案内された。
そこには、名も知らない野の花が、陽だまりに群れるように咲いていた。
彼は足を止め、しゃがみ込んで花を眺め、花弁に指が触れないよう気をつけながら、しばらく見入っていた。
それから振り返って、さっきまでの堅さが嘘みたいに、少し得意そうな顔をする。
「ほらな。綺麗だろ。」
そのときの表情は、訓練のときに見せる顔より、ずっと幼くて、無防備だった。
――なんだ。
ちゃんと、かわいいところもあるじゃない。
それからだった。
一緒に走りながら、少しずつ言葉を交わすようになり、ときどき理由をつけて、カイルが見つけた花の咲くいろいろな場所へ寄り道をするようになった。
訓練の時間は変わらないのに、景色だけが、前より少し柔らかく見えるようになっていた。
そんな日々が続いたある時。
いつものように息を合わせて、並んで走る。
言葉がなくても苦しくはなかったし、無理に沈黙を破る必要もなかった。
しばらくして、彼がふいに口を開いた。
「……俺さ。」
走る速度は変えないまま、視線だけを前に向けている。
声も平坦で、どこか距離を置いた調子だった。
「十歳のときに、死にかけたんだ。」
唐突だったけれど、不思議と驚きはしなかった。
彼の横顔が、そういう話を拒まない表情をしていたからだ。
「市場で盗みをして……捕まって。殴られて、蹴られて。
もう、立てなくなってたところを、司教様に拾われた。」
言いながら、彼はわずかに口元を緩めた。
笑顔というには薄く、けれど暗くもない。
すべてを諦めてしまったようにも見える――
そんな、静かな表情だった。
「命は、助かったんだ。確かに。」
一呼吸おいて、続ける。
「でも、だんだんとさ……考えるようになる。
あれで、俺の行き先は、もう決まってたんじゃないかって。」
走る足取りは変わらない。
苦しそうにも、楽しそうにも見えない。
「戦が起きれば、僧兵は前に出る。
剣じゃなくても、棒でも、素手でも……結局は戦う側だ。」
彼は、そこで少しだけ視線を落とした。
「救われたんだって、思ってた頃もあるよ。
でも今は……命は拾われたけど、将来は置いてきたのかもしれないな、って。」
その言い方は、愚痴でも嘆きでもなかった。
ただ、そういう事実を受け入れているような――
受け入れざるを得なかったような、静けさがあった。
私は、しばらく言葉を見つけられなかった。
彼は、そんな沈黙を気にする様子もなく、少しだけ肩をすくめる。
「だからさ。花を見るのは、好きなんだ。」
「どうして?」
問い返すと、彼は少し考えてから、いつもの調子で言った。
「綺麗だと思えるから。」
その言葉は、軽いのに、なぜだか胸の奥に残った。
――この人は、
それでもまだ、綺麗だと思える心を、手放していない。
そう思った瞬間、私は、自分が思っていた以上に、彼のことを気にしていると気づいてしまった。




