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聖環  作者: 北寄 貝


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北の港 - 2

語り:ミレイユ・カロ

 しばらくのあいだ、私は背中越しに――

 あまりにも濃密な再会の気配を感じ続けていた。

 言葉は聞こえないのに、声の調子や、息の間、衣擦れの音だけで十分すぎるほど伝わってくる。

 振り返って見てはいけない。

 私は港のほうへ視線を逃がした。

「……みんな、ごめんなさいね。」

 少し気まずそうな声に、私ははっとして振り向いた。

 どうやらクラリスも我に返ったらしい。頬がわずかに赤い。

「こちら、旦那のトマスよ。」

 そう紹介された男性は、厚く大柄な体躯で、日に焼けた顔つきと落ち着いた眼差しが印象的だった。

 ――なるほど。

 夫婦なら仕方ないのかもしれないけど、ここまで人目をはばからず熱烈に愛情表現をする夫婦は見たことがない。

 セラもダリウスも、私と同じ空気を感じ取ったのか、誰も余計なことは言わなかった。

 少しだけ腑に落ちたような空気のまま、それぞれ簡単に名乗り、挨拶を交わす。

「妻がご一緒させてもらったようで。」

 トマスは深く頭を下げた。

 立派な体躯にフォスター家の娘と結婚しているとあれば、港でそれなりの立場にいる人なのだろう、とは思った。

「この人たちがいなければ、無事にここまで来れなかったわ。」

 クラリスはそう言って、私たちを順に示した。

「敵と交戦して、船を守って……被害を最小限に抑えられたのは、この人たちのおかげよ。」

「……そうか。」

 トマスは一度、私たち三人を見渡し、深く息を吐いた。

「それは、本当に助かった。ありがとう。」

 トマスは改めて、言葉を選びながら感謝を伝えてきた。

「彼らの手続きがあるから、あなたとはまたあとでね。」

 クラリスの言葉に、トマスはうなずく。

「俺も、君が連れてきた船の件で仕事が山積みだ。港に戻るよ」

 そして私たち三人に向かって、

「じゃあな。」

 と短く告げると、そのまま歩き去っていった。

 大柄な体によく似合う、堂々とした歩き方だった。

「……ちょっと刺激が強すぎるわよ。」

 セラが、からかうように言う。

 クラリスは肩をすくめ、照れたように笑った。

「だって、半年ぶりよ。仕方ないじゃない。」

「はいはい。じゃあ夫婦のためにも、さっさと終わらせましょ。」

「そうね。」

 クラリスはそう言って、私たちを屋敷の中へと案内した。


 屋敷の内部は、港の喧騒とは切り離された、静かな緊張感に満ちていた。

 太い梁、磨かれた石床、壁には航路図や船の登録札。

 調度品は派手ではないが、すべてが実用本位で質が高い。

 ここでは、無駄なものを置く余地すら許されない気がした。

 執務室らしき部屋に通され、私たちが腰を下ろすと、クラリスは迷いなく机に向かい、書き物を始めた。

 羽根ペンの音だけが、部屋に規則正しく響く。

 やがて書き終えると、三枚の紙を差し出す。

「領収書よ。それぞれ、サインして。」

 何気なく目を落とした瞬間、三人とも息をのんだ。

 ――多い。

 想像していた額を、はるかに超えている。

「……ねえ、ダリウス。傭兵って、こんなにもらえるの?」

 セラが小声で尋ねる。

 ダリウスは首を振った。

「高々一週間弱の仕事で、こんな額を払うなんて……聞いたことがない。」

 クラリスは当然のことのように言った。

「今回は主にノルドハイム連邦が人と金を出している作戦よ。

 傭兵への金払いに余裕がある。

 それに――成功の中心人物に多く払うのは、当たり前の話でしょう?」

「いや、まあ……理屈はそうだけど……」

 セラはまだ戸惑いを隠せない様子だった。

「それにね――」

 クラリスは続ける。

「敵の船を無傷で三隻も手に入れた。

 これは本当に大きいわ。

 これで海の力関係も、少しは変わるはずよ。」

 促されて、私たちは領収書にサインをした。

 私は手が少し震えるのを感じながら、名前を書き込む。

 その後、クラリスは金貨の入った麻袋を、それぞれの前に置いた。

 どさり、と重い音。持ち上げると、ずっしりとした重量感が腕に伝わる。

「これだけあれば、しばらくは暮らせると思うけど……これから、どうするの?」

 セラが即答した。

「とりあえず、お風呂に入りたいわ。

 体が磯臭いの、限界。」

「俺は普通の飯だ。

 しょっぱいものはもう食いたくない。」

 ダリウスも同じ調子だ。

「……普通の水が飲みたいです。

 お酒は、もうこりごりで。」

 自分でも驚くほど、切実な声が出た。

 クラリスは笑って言った。

「街外れに、食事がおいしい温泉宿があるわ。

 今日はそこに泊まりなさい。

 明日、改めてこれからのことを話しましょう」

「そうさせてもらうわ。」

 セラがうなずく。

 私は――

 食事がおいしい温泉宿、という言葉だけで、もう今日は何も考えたくなくなっていた。

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