船上の夜 -3
語り:ミレイユ・カロ
甲板の端で横になっていたセラが、身じろぎをしたのが見えた。
「あ……」
思わず声が漏れる。
ダリウスも同時に気づいたらしく、私と視線を交わすと、二人でセラのほうへ歩み寄った。
セラはゆっくりと上体を起こし、眠たげに目を瞬かせている。
髪も服も乱れたままで、昼間の凄絶な戦いが嘘のようだ。
「大丈夫ですか?」
私が声をかけると、セラは眉をひそめ、ぼそりと答えた。
「……全身が鉛みたい。動く気がしないわ。」
言い方は投げやりなのに、どこか夢うつつの響きがあって、思わず苦笑してしまう。
そこへクラリスが近づき、セラの前に膝をついた。
「あなたのおかげで、船員たちの被害は最小限で済んだわ。
本当に、ありがとう。」
セラは片目を開けてクラリスを見上げ、少しだけ口元を緩めた。
「アルビオン島までの船賃くらいは、働かないと申し訳ないもの。」
それを聞いて、クラリスは小さく笑った。
「十分すぎるほどよ。」
クラリスは立ち上がると、少し声を落として続けた。
「ただ……昼間の海戦で足止めを食らったから、ハルフォード港までは少なくともあと四日はかかるわ。」
その瞬間、セラとダリウスの表情が、見事なまでに同時に曇った。
たぶん、私も同じ顔をしているだろう。
四日。
甲板で眠り、甲板で起きるには、あまりに長い。
クラリスはそんな私たちを眺めてから、ふと訊いた。
「ねえ。あなたたち、アルビオン島に着いたらどうするつもり?」
私は言葉に詰まり、思わずダリウスを見る。
ダリウスも同じように口を開きかけて、結局何も言えずにいた。
まさに、今考えていたところだったのだ。
沈黙を破ったのは、セラだった。
「私は……カンタベリオンに戻るわ。」
静かな、けれど迷いのない声だった。
「誰が、何を、どこまで知っているのか。
調べなければいけないことが、たくさんあるもの。」
私は、セラの横顔を見つめる。
その“たくさん”の中には、聖環のことも、婚約の裏にある思惑も含まれているのだろう。
けれど何より――。
(カイルのこと)
聖環の生贄となった彼のことを、セラは知りたくて仕方がないのだ。
それを思うと、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「それなら――」
ダリウスが一歩前に出る。
「俺も、セラと一緒に旅を続けよう。」
「私も、いっしょに行きます。」
私も、考えるより先に口にしていた。
セラは一瞬、驚いたように目を見開き、何か言おうとして口を開いた。
けれど結局、その言葉を飲み込み、ふっと息を吐く。
「……ありがとう。」
それから、少し困ったように付け加えた。
「親子喧嘩や兄妹喧嘩を、見せることになるかもしれないけどね。」
その言葉に、私の脳裏にはすぐに一人の顔が浮かんだ。
エドマンド・アルヴェイン。
長男で、決まりと体裁に誰よりも厳しい人。
どんな理由があろうと、セラのこれまでの行動を、彼がすんなり受け入れるとは思えない。
むしろ、真正面から否定するだろう。
クラリスは、そんな空気を察したのか、手を叩いて言った。
「アルビオン島までは、まだ時間があるんだから。今日はもう休みましょう。」
皆がうなずきかけた、そのとき。
「そういえば――」
ダリウスが思い出したように言った。
「クラリス。昼間のハーピーの歌で、どうして倒れなかった?」
クラリスは一瞬きょとんとした顔をしてから、にやりと笑う。
「セラとミレイユには教えてあげるけど……あなたには教えない。」
「何だと?」
ダリウスがむっとすると、クラリスは肩を揺らして笑った。
「今のが、ほとんど答えなんだけど。」
そう言って、私とセラに顔を近づけ、ひそひそと耳打ちする。
私はそれを聞いて、思わず納得してしまった。
「……なるほど。」
そしてダリウスに向き直る。
「淑女から騎士にお伝えするのは、さすがに恥ずかしいので。
しばらく考えても分からなければ、後でこっそり教えてあげますね。」
ダリウスは、ますます釈然としない顔になる。
それを見て、クラリスとセラが声を立てて笑った。
夜風が、私たちの間を吹き抜ける。
星は静かに瞬き、船は変わらず西へ進んでいた。
この旅は、まだ終わらない。




