海戦 - 6
語り:ミレイユ・カロ
最初の接触が起きたのは、私たちの船から二百メートルほど離れた空域だった。
声は届かない。
甲板の音も、羽ばたきの音も聞こえない。
それでも、空の動きだけははっきりと見えていた。
鵺が、風を蹴って突っ込む。
褐色の影の一つが、その進路上にあった。
一瞬、影の形が崩れた。
翼の動きが揃わなくなり、高度が落ちる。
「……効いたか?」
ダリウスが、低く言った。
だが、落ちない。
代わりに、別の影が動く。
褐色の翼が、こちらへ向かってくる。
一直線ではない。
波打つような、不規則な軌道。
「来るぞ!」
ダリウスが言うより早く、私は理解していた。
あれは、私たちを見ている。
鵺が、急に進路を変えた。
遠くの戦場から離れ、こちらへ戻ってくる。
その瞬間だった。
こちらへ向かっていたハーピーが、進路を変える。
逃げるのではない。
横へ、ずらす。
「……引いた?」
ダリウスが、首をかしげる。
だが、違う。
別の方向から、もう一匹が降りてきた。
今度は、より低く。
甲板の高さに近い。
「二匹……いや、交代か。」
鵺が間に合う。
その影が割り込んだ瞬間、狙っていたハーピーは、また進路を変えた。
そして――
別の影が、鵺の背後から落ちてくる。
急降下。
鉤爪が、鵺の体に掠ったのが見えた。
鵺の動きが、一瞬だけ乱れる。
「くっ……」
セラが小さい悲鳴を漏らす。
ダリウスの声が、少しだけ強くなる。
「大丈夫か、セラ?」
鵺は体勢を立て直す。
だが、また別の褐色の影が、こちらへ向かう。
同じだ。
誰かが来る。
鵺が戻る。
すると、その個体は引く。
代わりに、別の個体が、別の角度から来る。
そして、鵺がそれを邪魔しようとすると、
必ず、別の影が背後や側面から近づく。
「……おかしい。」
ダリウスが、ぽつりと言った。
「来てるのに、決めに来ない。」
また一匹が、甲板すれすれまで近づく。
クラリスが、思わず一歩下がる。
鵺が、ほとんど反射的に割り込む。
その瞬間、別の影が、斜め上から突っ込んだ。
今度は、はっきりと、鵺の進路が押し戻された。
「毎回だな。」
ダリウスが、息を吐く。
「鵺が前に出るたび、必ず別のやつが、別の角度で来る。」
距離が、縮んでいる。
もう二百メートルもない。
百五十……百……。
影の動きが、はっきり分かる。
「……まさかとは思うが」
ダリウスが、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「偶然じゃ、説明つかない。」
また同じ動き。
また同じタイミング。
「……役割、分けてるな。」
私は、ようやく腑に落ちた。
これは追い込みではない。
拘束だ。
狙われているのは、鵺ではない。
私たちだ。
鵺は、それを守るために動かされている。
「一匹なら、鵺が勝つ。
だから、数で縛ってる。」
空を見上げる。
金色の翼は、まだ動かない。
ただ、すべてを見ている。
この戦いは、測られている。
どこまで守るか。
どこまで耐えるか。
そして――
どこで、踏み込むか。
セラは、もう気づいているはずだった。




