海戦 - 2
語り:ミレイユ・カロ
帝国の船影は、こちらが想像していた以上に整った隊形で迫ってきた。
三隻。
先頭の一隻が主導し、残る二隻が左右後方に広がる。
包囲――その言葉が自然と浮かぶ配置だった。
こちらの船団も、距離を詰める。
ノルドハイム兵主体の二隻が左右に位置し、私たちの船が中央に入る。
守られている、という感覚と同時に、ここが逃げ場ではないのだと悟る。
「停船せよ!」
帝国船から、よく通る声が飛んだ。
「フランカ帝国海軍である!
ノルドハイムの船と見た。
その船もらい受ける。
直ちに帆を落とせ!」
甲板の空気が、ぴたりと張りつめた。
私たちの船の船長が、舵のそばから一歩前に出る。
背中はまっすぐで、声も落ち着いている。
「勘弁してくれ。
こっちは塩と酒と乾物を運んでいるだけだ。
こんな船捕まえたって仕方ないだろ。」
用意された答えだった。
帝国側の反応も、想定通りだ。
「何の船かなぞ関係ない。」
とりつく島がなかった。
帝国側の船が速度を落とし、横付けするように位置を調整した。
帆が風を受け直し、船体が軋む音が響く。
距離が縮まる。
近い。
矢の射程どころか、剣が届く距離だ。
帝国側の甲板では、兵が集まり始めていた。
盾を構える者、剣に手をかける者、縄を準備する者。
完全に、乗り込む気だ。
対するこちらに船では、甲板の中央から、静かに人の動きが消えていった。
傭兵たちは、それぞれ決められた位置へと散り、樽の陰、荷の影、舷側の死角へと身を滑り込ませていく。
誰も走らない。
誰も声を出さない。
セラは船縁の陰に身をかがめ、スリングを握り直していた。
革紐に指を通し、石の重さを確かめる動きが、妙に落ち着いて見える。
ダリウスは少し離れた場所で膝をつき、弓を伏せたまま帝国船の動きを睨んでいる。
矢はすでに番えられ、いつでも引き絞れる位置にあった。
私も、セラの隣で船縁の陰に身を寄せる。
頬に木の感触を感じながら、スリングを握りしめた。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
帝国側から見れば、甲板は静まり返り、武装した者など一人もいないように見えるだろう。
それが、この船の芝居だった。
「抵抗するなよ。」
帝国側の声が、どこか余裕を帯びる。
「従えば、無駄な血は流さずに済む。」
船長は、わざと少しだけ沈黙した。
その間に、私の心臓は一つ、強く脈打つ。
「……分かった。」
船長は、ゆっくりと手を上げた。
その瞬間、帝国側の船から安堵の気配が広がる。
その安堵が、ほんの一瞬、空気を緩めた。
勝った、という空気。
商船など、どうとでもなるという慢心。
帝国側の兵が、板を渡して乗り込んでくる。
先頭に立つ男は、鎧の意匠から見て隊長格だろう。
「よし、――」
その声が、最後まで続くことはなかった。
次の瞬間、船尾の方から何かが頭上を抜け、視界を横切った。
笛のような音。
それが矢だと気づいたのは、帝国側の隊長が喉を押さえて崩れ落ちてからだった。
隊長の首元から、赤いものが噴き出す。
男は驚いた顔のまま、言葉を発することなく海に落ちていった。
ドボン、という音。
誰もが、何が起きたのか理解するまで、ほんのわずかな間を必要とした。
私は息を吸い込んだまま、吐くのを忘れていた。
――そして。
高く、鋭い音が、空を裂いた。
軍用ラッパだ。
合図。
その音と同時に、ノルドハイム側の三隻から、一斉に弓が引き絞られる。
お芝居は終わったのだ。




