海戦 - 1
語り:ミレイユ・カロ
クラリスと食事を共にした翌日、私たちはフォスター家当主のもとを再び訪れた。
傭兵として、その船に乗る――そう伝えたとき、当主は一瞬だけこちらを見て、それから短く頷いた。
「覚悟があるなら歓迎しよう。」
理由も、感情も、そこにはなかった。
商人らしい判断だと思った。
出航の準備は淡々と進んだ。
ダリウスがアムステルの門番に預けていた剣と弓、それに矢筒は、クラリスがすでに回収してくれていた。
門ではあれほど厳しかった武器の扱いが、港では驚くほどあっさり戻ってくる。
この街が商業で成り立っているという意味を、少しだけ理解した気がした。
ダリウスは、海戦は近づく前に決まる、と言って矢をたくさん買い集めていた。
セラはセラで方々を歩き回り、スリング用の石を拾っていた。
私はというと、セラにスリングを買ってもらった。
傭兵として船に乗るのに手ぶらではいられないからと、セラとダリウスが相談して決めたそうだ。
市場で選んでもらった新品のスリングを手にしたときは、正直、少しだけ身が引き締まった。
とはいえ使ったことがないので、郊外でセラに使い方を教えてもらった。
セラは手本を見せると言って、何でもない石を一つ選び、ひゅっと投げた。
空気を切る音がして、遠くの木箱に乾いた音が響く。
同じようにやってみなさい、と言われて、私は何度か挑戦した。
結果は――言うまでもない。
石はあらぬ方向へ飛び、海に落ちたり、甲板を転がったりするばかりだった。
「向いてないわね。」
セラは苦笑していたけれど、責めるような言い方ではなかった。
それが、余計に申し訳なかった。
そしていよいよ出航。
船は三隻。
ノルドハイム連邦の兵が主体の船が二隻、そして私たちが乗る、傭兵主体の商船が一隻。
三隻は距離を保ちながら、ゆるやかな隊列を組んで海へ出た。
航海二日目。
海は穏やかだった。
空は高く、雲は薄い。
帆は安定して風を受け、船は一定のリズムで進んでいる。
見た目だけなら、戦争などどこにもないように思える。
けれど、船の上での生活は、想像以上に身体に堪えた。
ダリウスと私は、酔い止めのイヤーカフを身につけているおかげで、船酔いこそなかった。
それでも、疲れは溜まっていく。
火は使えない。
水は貴重で、基本的には酒で代用するしかない。
食事は干し肉、乾パン、乾燥豆――日持ちするものばかりだ。
噛めば噛むほど、口の中の水分が奪われていく。
酒を飲めば喉は潤うけれど、頭が重くなる。
また私たちは甲板から離れられなかった。
船倉は荷で埋まり、人が長く留まれる場所ではない。
甲板の下は湿気がこもり、空気も悪い。
結局、私たちは夜も昼も、ほとんどの時間を甲板の上で過ごすことになる。
日差しを遮るものはなく、風は容赦なく吹きさらし、座っても、立っても、寝転んでも落ち着かない。
一夜を明かしても、身体は休まらなかった。
「これが船旅か……」
思わずこぼすと、ダリウスは短く笑った。
「アルビオンまで四日の航海が素人には無理だと言っていたが、これほどつらいとはな……」
ノルドハイムまでの密航を手伝ってくれた漁師がそんなことを言っていたなと、ぼんやりと思い出す。
ダリウスの弱音が聞こえたのか、少し離れていたクラリスが歩み寄ってきた。
「大丈夫?」
そう言って私たちの顔色をうかがう。
「船旅って、過酷なのね。
もっとロマンチックなものだと思っていたわ。」
「船酔いはしていなそうね。
それなら大丈夫。
あとは我慢よ。」
そう言って甲板の上をさっそうと歩くクラリスは、やはり船会社の娘なのだなとつくづく思った。
三隻の船は、互いの姿を視界に収めながら進んでいく。
離れすぎず、近づきすぎず。
助け合える距離を保ったまま。
私は、手すりにもたれて海を見下ろしていた。
穏やかな天候。
風は安定し、帆はきれいに膨らんでいる。
このまま、何事もなく進めてしまいそうな気さえした――そのときだった。
「――船影だ!」
見張り台から、水夫の声が飛んだ。
「後方! 帝国船だ! こっちに向かってくる!」
一瞬で、空気が変わる。
甲板にいた者たちが一斉に顔を上げ、互いに視線を交わす。
ざわめきはない。
けれど、誰もが動きを止めた。
ダリウスが弓に手を伸ばす。
セラは無言でスリングを握り直す。
私も、思わず背筋を伸ばした。
ついに来た。
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
穏やかだった海は、何一つ変わっていない。
変わったのは、私たちの側だけだった。




