敵国の港 - 4
語り:ミレイユ・カロ
食堂の喧騒が、少し落ち着いたころだった。
クラリスが、杯を持ったまま、ふと思い出したように言った。
「それにしても……」
私たちを見回してから、軽く首をかしげる。
「ヴァレリー王子の手紙を持ってくるなんて、正直びっくりしたわ。
どんな縁があったの?」
セラが一瞬だけ視線を伏せ、それから肩をすくめた。
「縁、というほどじゃないわ。
ちょっと……稽古をつけてもらってね。」
その言い方があまりに軽くて、私は内心で苦笑する。
そこからセラは、道中の出来事をかいつまんで話した。
出会った人のこと。
魔物のこと。
追われるように旅をしてきたこと。
クラリスは途中で口を挟まず、黙って聞いていた。
話が一段落したところで、ダリウスが思い出したように口を開く。
「そういえば……」
クラリスを見る。
「ローズという魔女がいた。
君と同じ、癒しの腕輪を持っていたが……知り合いか?」
その名前が出た瞬間だった。
クラリスの表情が、はっきりと変わった。
「……ローズ?」
声が低くなる。
「彼女は、今どこに?」
セラが答える。
「魔物と一緒に、ヴァレリーを追いかけていったわ。」
クラリスは、短く息を吐いた。
「……やっぱり。」
杯を机に置き、少し間を置いてから言った。
「癒しの腕輪はね、ローズの姉――ジャニスが作ったものよ。
私と彼女は、友達だった。」
私は、思わず姿勢を正す。
「ローズの腕輪も、きっとジャニスの作ったものだわ。」
クラリスは続ける。
「彼女たちのミドラー家は、ノルドハイム連邦でも有数の魔法使いの家系よ。
特にローズは、人を魔物に変える聖環に似た性質の魔法具までつくれてしまう。
魔法使いの中でも、頭一つ抜けている存在よ。」
その言葉に、私は無意識に自分の右手を見た。
指にはまった魔化の指輪。
セラも、ダリウスも、同じように視線を落とす。
それに気づいたクラリスが、目を細めた。
「まさか……それは……」
私は、少し迷ってから答えた。
「ローズの作った、魔化の指輪です。」
クラリスは、額に手を当てる。
「……眩暈がしそうだわ。」
呆れたような、困ったような、言葉にしづらい表情だった。
そして、静かに話し始める。
「ジャニスはね……
実は、ヴァレリー王子の婚約者だったの。」
セラが息をのむ。
「でも、結婚前に、急に行方不明になった。
それからというもの、王子は……
王族としての務めに、取り憑かれたみたいに働くようになったわ。」
クラリスは視線を落とす。
「ローズは、そんな王子の力になろうとして、追い続けている。」
セラが、そっと尋ねた。
「ジャニスが、いなくなった理由は?」
「分からない。」
即答だった。
その瞬間、胸の奥で、何かが静かに繋がった。
――ヴァレリーの聖環。
――生贄。
私は顔を上げ、セラとダリウスを見る。
二人も、同じところに行き着いたように見えた。
セラが、慎重に言葉を選ぶ。
「ローズは……お姉さんの代わりになろうとしてるの?」
「どういう意味かしら?」
クラリスが聞き返す。
セラは一瞬、怪訝そうな顔をしてから、意図を察したらしい。
「あー……ええと……」
言葉に詰まる。
私は、そこで理解した。
クラリスは、ローズがヴァレリーに好意を寄せていることを知っている。
だから「代わり」という言葉を、“奪う”という意味で受け取ってしまったのだ。
クラリスは、ため息をついた。
「王子は、今もジャニスを探しているのに……
ローズときたら……」
私は、その言葉を聞きながら思った。
――クラリスは、聖環の仕組みを知らない。
そして、仕組みを知っているローズの想いは、あまりにも切ない。
ダリウスが、話題を現実に引き戻すように言った。
「王子はフランカ帝国へ向かった。
ローズも、その後を追った。
魔物まで味方につけているなら、簡単にはやられないだろう。」
「そういうことじゃないんだけどねぇ」
セラが、小さく苦笑する。
私は、少し可笑しくなった。
ダリウスは、最初から最後まで、戦士の視点でこの話を聞いていたのだ。
クラリスは、最後にもう一度ため息をつき、それでも気持ちを切り替えるように言った。
「……まあいいわ。
ローズのことは気になるけど、今は目先の“海賊退治”よ。」
そう言って、杯を持ち上げた。
私たちも、それに倣った。
重たい話のあとでも、夜は、確かに続いていた。




