敵国の港 - 1
語り:ミレイユ・カロ
アムステルの城門は、遠くからでもそれと分かった。
高く積まれた石壁と、その前に延びる長い列。
荷車を引く馬、背負い袋を担いだ旅人、桶や木箱を積んだ商人たちが、絶え間なく門へと吸い込まれていく。
「……人が多いですね。」
思わずそう言うと、ダリウスが低く答えた。
「海運の街だからな。
人も物も出入りが激しい。」
その声は落ち着いていたが、視線は門の周囲を鋭く走っている。
門の両脇には、槍を持った門番が立っていた。
数は多くないが、立ち姿に無駄がない。
ただの見張りではなく、戦時の兵だと分かる。
列が進むにつれ、門前でのやり取りが耳に入ってくる。
「武器は預かる。
街を出るときに返却だ。」
「刃物類はすべてだ。」
不満げな声もあったが、門番は淡々としている。
やがて、私たちの番が来た。
門番の視線は、真っ先にダリウスへ向けられる。
「武装しているな。」
背負った弓、腰の剣。
隠すつもりのない装備だった。
「この街では、武器の携行は禁止だ。」
冷たい声ではない。
ただ、規則を告げているだけ。
「戦争中だ。
今は、武装した者を自由に歩かせるわけにはいかん。」
一瞬、ダリウスは黙った。
剣の柄にかかっていた手が、わずかに止まる。
――あ、と思った。
騎士にとって、武器は道具というより、身体の一部なのだろう。
それを、ここで外せと言われている。
「……返却は?」
ダリウスが短く尋ねた。
「街を出るときだ。
番号札を渡す。
無くすなよ。」
門番は木札を示す。
「帝国の間者も多い。
規則だ。」
ダリウスは、小さく息を吐いた。
「……分かった。」
まず弓を外し、次に剣を鞘ごと差し出す。
門番は手際よく受け取り、番号札を渡した。
「規則に従ってくれて感謝する。」
それだけ言って、次の列へと目を向ける。
ダリウスは、無意識に腰に手をやり、そこに何もないことを確かめた。
その背中が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
門をくぐると、空気が変わった。
人の声。
荷車の軋む音。
水の匂い。
運河が街を縫うように流れ、その両脇に建物が立ち並んでいる。
石と煉瓦の建物はどれも背が高く、窓が多い。
「……すごい。」
思わず声が漏れた。
市場には魚、穀物、布地が並び、商人たちが声を張り上げている。
行き交う人々の服装もさまざまだ。
船乗り、商人、職人、旅人。
ノルドハイムの兵の姿も、ちらほら見える。
賑やかで、活気がある。
けれど――
目を凝らすと、違和感も見えてきた。
運河沿いの倉庫には見張りが立ち、要所要所に簡素な詰所が設けられている。
街の中に、戦争の影が溶け込んでいる。
「……落ち着かないですね。」
私がそう言うと、セラが小さくうなずいた。
「ええ。
開かれているけれど、気を張っている感じがするわ。」
ダリウスは、歩きながら周囲を見渡している。
「ノルドハイムの街だが、交易で生きてきた街だ。
戦争中でも、この街は人の流れを止められない。」
その言葉に、私は納得する。
この街は、生きている。
戦争の中で、選び続けたやり方で。
私たちは、フォスター海運の看板を探して街を歩いた。
二階から突き出した木製の看板。
船の絵、錨の印、家名。
「あ、あれじゃないですか?」
運河沿いに、ひときわ大きな建物が見えた。
周囲の家屋よりも高く、横にも広い。
倉庫と事務所、私有の船着き場まで備えた造りで、一つの家というより、一画を占める施設のようだった。
荷を運ぶ人、帳簿を抱えた者、船乗りらしき姿。
フォスター海運。
その名を見上げながら、今度こそ何事もなく船に乗れるのだろうかという不安は消えなかった。




