迷い - 3
語り:ダリウス・エルネスト
ミレイユが、セラの名を呼んだ。
「……セラ。」
まだ、どこか遠慮が残っている。
呼び捨てに慣れていない声だった。
「お屋敷では……よく、窓辺に立っておられましたね。」
「そうね。」
セラは短く答えた。
「カイル様を、待っていたのですか?」
その問いに、セラの肩がわずかに揺れた。
「……違う。」
一拍、置いて。
「……違う気がする。
ただ……空っぽだった。」
その言葉を聞いて、俺は思い出していた。
初めて会った頃のセラだ。
感情はある。
だが、どこにも向かっていない。
生きてはいるが、何かが止まっている――そんな印象。
「お労しい限りでした。」
ミレイユは、静かに続けた。
「カイル様との思い出を胸に……
未来を、捨ててしまわれたように見えました。」
「……そう言われても、仕方ないわね。」
セラは、遠くを見る目をした。
「ヴァルメイン家との縁談にも……何のご興味も、示されませんでした。」
ミレイユは、言葉を探すように間を置きながら言った。
「そうね。」
短い返事だった。
(……何を言いたい)
俺は、そこでようやく考え始めた。
慰めか?
過去の清算か?
「でも――」
彼女は、言葉を続けた。
「セラが聖環をお持ちになられてから……
大変なことが、たくさん起きました。」
声が、少しだけ揺れる。
「つらいことも、ありました。
怖いことも……」
それでも、目は逸らさない。
「でも……」
一息、吸って。
「止まっていたセラの時間が、動き始めた気がしました。」
セラが、ミレイユを見つめた。
「それは……良かったんじゃないかって……」
ミレイユは、慎重に言葉を選ぶ。
そして、続けた。
「きっと……カイル様が、見かねて……動かしてくれたのかな、と。」
セラは、何も言わなかった。
だが、その視線は、逃げていない。
「セラと……カイル様が」
ミレイユは、少しだけ声を強めた。
「繋がりを、失うなんて……そんなはず、ありません。」
そう言って、セラから距離を取りはじめる。
「きっかけさえ、あれば……また、繋がれるはずです。」
ミレイユは、歩みを止めた。
そして、振り返る。
「……これが、正しいのかは……分かりません。」
一瞬、笑った。
不安を隠すような、作った笑顔だ。
「でも……セラなら、きっと大丈夫だって……信じています。」
「ミレイユ……?」
セラが、戸惑った声を上げる。
「あなた、何を――」
「私を――」
ミレイユは、右手を掲げた。
「……止めてくださいね。」
そう言って、言葉を添える。
「きっと……できますから。
……魔化!」
次の瞬間だった。
空気が、変わる。
人の輪郭が、崩れ落ちるように歪む。
骨の軋む音が、はっきりと聞こえた。
四肢が地を掴み、
喉から、低い唸り声が漏れる。
――ウェアウルフ。
そこに立っていたのは、もう、ミレイユではない。
「……」
セラは、言葉を失っていた。
(……無茶を)
俺は、思わず一歩、踏み出しかける。
(無茶をしやがって……!)
まただ。
また、命を賭けやがった。
剣に手をかける。
だが――止まる。
今、割り込めば、ミレイユの覚悟を踏みにじる。
そして、セラが立ち上がる機会も、潰してしまう。
唸り声が、もう一度、低く響いた。
その目に、もう躊躇はなかった。
標的は――
セラだ。




