迷い - 2
語り:ミレイユ・カロ
「あなたが聖環をうまく制御できないのは……
生贄の想いを、知らないからかもしれません。」
「……想い?」
セラの声は、戸惑いを含んでいた。
「生贄が、どんな想いで犠牲になることを選んだのか。
何を望んでいたのか――」
ローズは、言葉を選ばない。
慰めるでも、突き放すでもない。
「それを知らずに聖環の保持者となるというのは、本来、あり得ないことだと思います。」
「そんなこと……」
セラは言葉に詰まった。
「そんなこと、今さら言われても……」
「未来像を共有できなければ、一緒に歩んではくれないと思います」
ローズは、静かに続けた。
「……なら」
セラが顔を上げる。
「ヴァレリーは、どんな未来を見ているの?」
ローズは、一瞬だけ視線を伏せた。
「それは……私の口からは言えません。」
その間を縫うように、チョンチョンがひらひらと宙を舞った。
「楽しい未来じゃないのは、確かねぇ。」
軽い口調だったが、笑いはなかった。
「生贄の希望は、残った者の枷となることもあるのです。」
ローズの言葉に、セラは黙り込んでしまった。
重たい沈黙。
その中で、ローズが突然、私を見た。
「ミレイユさん。」
「は、はい。」
「あなたは、魔化の指輪を使いこなせていますか?」
「え……」
一瞬、言葉に詰まる。
「魔化は……できます。
でも、その最中は、意識を失ってしまいます。」
「では――」
ローズは、淡々と問いを重ねた。
「敵味方かまわず、襲いますか?」
私は、反射的にダリウスを見る。
「そんなことはない。」
答えたのは、ダリウスだった。
「意識を失うのは――」
ローズは、私に視線を戻す。
「ミレイユさんが、弱いからです。」
胸に、ずしりと来た。
思わず、肩を落とす。
「ですが」
ローズは、言葉を切らなかった。
「敵味方を分別できているのは、魔化の際に、明確な意志があるからです。」
「俺たちを、守る……」
ダリウスが短く補足する。
「その通りです。」
ローズは、うなずいた。
「セラさんの聖環の魔物は、敵味方の区別すら怪しい状態です。」
セラの肩が、わずかに震える。
「それは、ミレイユさんが、何の意志も持たずに魔化するのと、同じようなものです。」
沈黙が落ちた。
逃げ場のない沈黙。
「……私は」
セラが、絞り出すように言った。
「私は……どうしたら、いいの?」
「真摯に、向き合ってください。」
ローズの答えは、簡潔だった。
「……真摯って、なによ。」
セラの声には、苛立ちが混じる。
「恐れないことです。」
ローズは即答した。
「……でも」
セラは、俯いた。
「カイルを呼び出して……皆を傷つけてしまうかと思うと……とても、そんなこと……」
「ならば逃げてください。」
ローズは、間を置かずに言った。
一同が、息をのむ。
「エリアスに聖環を渡さないことを目的に、逃げ続けてください。
それが、王子の役に立つということです。」
セラは、空を飛ぶ蝙蝠を指さした。
「あれから……どうやって逃げろっていうの?」
「逃げ続けると意を決すれば、魔物も、言うことを聞いてくれるかもしれません。」
ローズは、静かに言う。
「……言ってくれるわね」
セラは、力なく笑った。
私は、そのやり取りを聞きながら思った。
ここには、正解がない。
逃げるか。
向き合うか。
どちらを選んでも、誰かが傷つく。
――なら。
誰かが、覚悟を示さなければならない。
私は、セラのために生きる侍女なのだ。
ならば、命を賭ける理由も、それで足りる。




