迷い - 1
語り:ミレイユ・カロ
デュラハンへの癒しが終わったらしい。
地面に膝をついていた胴体が、ゆっくりと立ち上がった。
首のないその姿を見て、ようやく戦いが完全に終わったのだと実感する。
一方で、ローズはひどく疲れた様子だった。
癒しを終えると、その場に腰を下ろし、しばらく動こうとしない。
ダリウスは、そんな彼女の様子を気遣うこともなく歩み寄った。
「一つ聞かせてくれ。」
視線は鋭いままだ。
「ヴァレリーが王族だというのは、どういうことだ?」
ローズは顔を上げ、少し困ったように息を吐いた。
「どうと聞かれても……王子です、としか言えません。」
つれない返事だった。
「ノルドハイムのことは詳しくないが――」
ダリウスは言葉を選ぶように続ける。
「聖環という神器を持っていることもそうだ。
王子が単身で敵国に乗り込むなど、聞いたことがない。」
「それはヴァレリー王子が、普通ではないだけです。」
ローズはわずかに肩をすくめた。
ダリウスがさらに問いを重ねようとした、そのとき。
「……すみません。」
ローズが先に口を開いた。
「少し、休ませていただけませんか。
さすがに、消耗が激しくて……」
「あ、いや……こちらこそすまなかった。」
ダリウスはすぐに引き下がった。
その直後だった。
「あたしが代わりに教えてやるよ。」
ひょい、と。
デュラハンの首――チョンチョンが宙を舞い、私たちの前に来る。
「何が知りたいんだい?」
ダリウスは一瞬、何とも言えない顔をした。
(こいつに聞くのも、微妙だな)
そんな本音が、顔に出ていたように見えた。
「……では聞く。」
それでもダリウスは尋ねた。
「ヴァレリーは、エリアスを倒せるのか?」
「はぁ?」
チョンチョンは、あからさまに呆れた声を出す。
「聖環の力が一対二で勝てると思うほうが、おかしくないかい?」
「それは……そうだが……」
「だからさ。」
チョンチョンは軽く宙返りしながら言った。
「あたしなら、人間対人間の戦いに持ち込むね。
とはいえ、将軍と一騎打ちなんて、無理筋だけどさ。」
そこで、ローズが静かに口を挟んだ。
「そのためにもです。」
声は弱っているが、意志ははっきりしている。
「王子とともに戦う、強力な兵が必要なのです。」
私は、はっとして指輪に視線を落とした。
「……それのための……これ、ですか?」
魔化の指輪を、そっと示す。
「そうです。」
ローズはうなずいた。
「いくつかあるうちの、一つですが。」
「ふぅん」
チョンチョンは、面白そうに目を細めた。
「少なくとも、あたしに勝てるくらいの魔物じゃなきゃ、聖環の保持者とは戦えないだろうねぇ。」
そう言いながら、ふわりとセラの方へ飛んでいく。
「ウェアウルフでも、知恵のない下等な魔物に何とか勝てる程度だからさぁ……」
そして、無遠慮に言った。
「あんたが王子と一緒に戦ってくれりゃ、勝ち目も出てくると思うんだけどねぇ。」
「――私に、かまわないで!」
セラが、声を張り上げた。
あまりの強さに、全員がぎょっとする。
空気が、張りつめた。
しばし、誰も口を開かなかった。
「ローズ……」
やがて、セラが言った。
「教えて」
声は、さっきよりずっと弱い。
「どうしたら……カイルと、また繋がれるの?」
私は、ローズの表情を見てしまった。
切なそうで、苦しそうで、それでも目を逸らさない顔。
「……繋がる、とは?」
ローズは、問い返した。
「え……?」
セラは言葉に詰まる。
ローズは、淡々と続けた。
「聖環の本来の目的通り、溶け合って一匹の魔物になりたいのですか?」
一拍置いて。
「それとも、王子のように魔物を制御したいのですか?」
さらに。
「――繋がって、どうしたいのですか?」
「今は……」
セラは、視線を落としたまま言った。
「今は、ただ……また、カイルと繋がりたいだけ。
先のことなんか……どうでもいい。」
ローズの声が、少しだけ強くなる。
「魔物は魔物です。
あなたの愛する人ではありません。」
「……あなたに、何が分かるの?」
セラの声に、怒気が混じる。
ローズは、一歩も引かなかった。
「誰の目にも明らかです。」
静かに、しかし断定的に。
「魔物は、魔物です。
恋は盲目とはいえ、あなたが感情を節制し、現実を見なければ――」
一拍。
「その指輪を、制御することはできません。」
その言葉が、重く場に落ちた。




