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聖環  作者: 北寄 貝


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風と土 - 3

語り:ミレイユ・カロ

 鵺とデュラハン――

 お互いが、出方を待っているように見える。

 そのときだった。

「俺は――」

 ヴァレリーが、苛立ちを隠さずに言った。

「ローズが困っているからとお前が言うから、ここまで来た。

 だが……これは何だ?」

 宙に浮かぶチョンチョンが、くるりと回る。

「ローズはねぇ、王子が心配だから、セラたちが王子の協力者になれるか、会ってほしかったみたいよ。」

「私は、そんなこと言っていません。」

 ローズが即座に否定する。

「あらぁ、つれないわねぇ。」

 チョンチョンは楽しげだが、その間もデュラハンの胴体は、槍先を鵺へ向けている。

 ヴァレリーは短く息を吐き、今度はセラに視線を向けた。

「お前たち……俺たちと争う理由が、何かあるのか?」

 セラは、少しだけ首をかしげた。

「ミレイユの指輪が外れないから返せないって言ってるのに、返せなきゃ腕を斬る、って言われていることくらいかしら。」

 その口調は、ひどく落ち着いていた。

 物騒な話をしているのに、どこかセラらしい言い方だと、私は思ってしまう。

 ヴァレリーの視線が、すっとローズへ移る。

「本当か?」

「腕までは、いりません。」

 ローズは、静かに言った。

「指一本で、結構です。」

 一瞬、空気が張り詰める。

「酷い話だな。

 そこまでやる必要はないだろう。」

 ヴァレリーが低く言う。

「そうはいきません。」

 ローズの声は、揺らがない。

「……そんなわけで」

 宙に浮かぶチョンチョンが、ひらひらと回転する。

「私たちは、戦わなきゃいけないの。」

 その軽い口調とは裏腹に、デュラハンはわずかに重心を落とした。

 セラは、私のほうを一度だけ見た。

 それから、鵺――いや。

「……カイル」

 その名を、はっきりと呼ぶ。

「私たちを、守ってくれる?」

 鵺は答えない。

 ただ、低く、喉の奥で威嚇するような音を鳴らした。


 最初に動いたのは、鵺だった。

 四肢が地面を蹴る。

 跳んだ、そう思った次の瞬間には、もう距離はなかった。

 デュラハンの胴体が即座に反応する。

 槍が閃き、正確な突きが放たれた。


 ――当たった。


 金属音が鳴る。

 だが、鵺は止まらない。

 突きを受けたはずの身体は揺らがず、逆に槍を押し返した。

 胴体が一歩、下がる。

 それだけで異常だった。

 鵺の前脚が振り抜かれる。

 技と呼べるものではない。

 ただ、獣が力を込めただけの動き。

 衝撃で地面が削れ、デュラハンが弾き飛ばされた。

 土を引きずりながら体勢を立て直すが、槍先がわずかに下がる。

 その肩口で、チョンチョンがくるりと宙を回った。

「……ほう。」

 軽い声が、頭部のほうから落ちてくる。

「なるほどねぇ。

 こりゃ、体そのものが違うわ。」

 言葉とは裏腹に、胴体のほうはすぐに構え直している。

 鵺は追う。

 低い姿勢のまま距離を詰め、前脚で掴みかかる。

 デュラハンはかわしきれず、地面に叩きつけられた。

 鵺はそのままデュラハンを踏みつけ、身動きを封じる。


 ――もう、勝敗は明らかだった。


 あっという間の決着だった。

 チョンチョンが、少し高い位置へ移動した。

「……ああ、分かったよ。」

 声は、相変わらず軽い。

「ここまで差があるとはね。」

 その言葉に合わせるように、組み伏せられたデュラハンが槍を手放した。

 セラが、一歩前に出る。

「これで、終わりでいいわね?」

 声は、はっきりしていた。


 ――終わるはずだった。


 鵺は、止まらなかった。

 低く唸りながら前脚でデュラハンを地面ごと薙ぎ払う。

 鈍い衝撃音が響いた。

 デュラハンが地面を転がる。

 土を削って止まったとき、胸部が不自然に沈んでいた。

 その少し上で、チョンチョンは苦笑した。

「おっと……」

 口元から、暗い血が垂れている。

「これは……ちょっかいを出す相手を間違えたかね。」

「カイル、もう終わりよ!」

 セラの叫びは届いているはずなのに、鵺の獰猛な視線が、ローズを捕らえる。

「……ひっ」

 ローズの顔が恐怖でひきつる。

 チョンチョンたちがローズを守るように間に入る。

 私の理解が、状況に追いつかなくなっている。

 そのとき、地面がぬかるんだ。

 鵺の足元が沈み、動きが一瞬だけ鈍る。

 ヴァレリーが、地面に手を向けている。

「悪いが……これ以上は放っておけない。」

 泥は、確かに効いている。

 だが、それも一瞬だった。

 鵺は地を蹴る。

 沈んだ足場など存在しなかったかのように、宙を駆ける。

 ヴァレリーが、短く息を吐いた。

「……仕方がないな。」

 彼は、地面を見下ろす。

「来い!ゴーレム!」

 その言葉とともに、大地が、音を立てて盛り上がり始めた。

 私は、反射的に一歩下がる。


 ――聖環の魔物同士の戦い。


 そう思った瞬間、地面は、はっきりとした形を取り始めていた。

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