風と土 - 2
語り:ミレイユ・カロ
空気が、少し重くなった。
誰かが何かを言い出すのを、全員が待っている。
そんな間の中で、先に口を開いたのはダリウスだった。
「一つ……聞いていいか。」
ヴァレリーは、視線だけで促す。
「その聖環の力で、フランカ帝国に攻め入るつもりはないのか?」
はっきりとした言葉だった。
「ない。」
即答だった。
迷いも、言い訳もない。
「だが――」
ダリウスは続ける。
「ローズは、魔化の魔法具を使ってエリアスを倒そうとしている。
その計画に、君は関わっていないのか?」
ヴァレリーは、わずかに眉をひそめた。
「知らないな。」
ローズが、はっと息をのむ。
「エリアスは、何としてでも止めなくてはなりません。」
ローズの声は、はっきりしていた。
迷いも、ためらいもない。
「引っ込んでろ。」
ヴァレリーの声が、それを遮る。
「それは俺の仕事だ。」
一瞬、場が凍りついた。
「やはり、攻め入るつもりじゃないか。」
ダリウスの声に、警戒が滲む。
「違う。」
ヴァレリーは首を振る。
「俺は、エリアスを殺すだけだ。
その先で、何が起きるかなんて、知らない。」
ローズが一歩、前に出た。
「彼が落とした国境の都市を見てください。
あの凄惨な様を見れば、エリアスを放っておけない理由が分かるはずです。」
「戦争被害というには、ひどすぎる有様だったな。」
ヴァレリーは、短く言った。
その言葉は、実感を伴っていた。
「君なら、止められると?」
ダリウスが問う。
「この力のおかげで、巡ってきた仕事だ。」
ヴァレリーは、淡々と続ける。
「やるしかない。
お前も武人のようだから、分かるだろ。」
ダリウスは、答えなかった。
分かる、とは言えなかったのだと思う。
その沈黙を破ったのは、セラだった。
「……あなたは」
声が、少し震えている。
「聖環の力が、欲しかった?」
ヴァレリーは、視線を逸らした。
「答えたくない。」
短い拒絶。
私は、その理由が、なんとなく分かった気がした。
力を否定することは、その力を与えた犠牲を否定することになる。
だから、答えられない。
「……あなたの生贄は」
セラは、それでも問いを重ねる。
「何を、望んでいたの?」
ヴァレリーは、しばらく黙っていた。
「あとで、聞いてみるさ。」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
(聞く?)
そう言えば、ローズが話していた。
聖環は、二つの命が融合し、魔物となるのだと。
一つになれば、理解しあえるということなのだろうか。
「……聞けるの?」
セラが、ぽつりと言う。
「お前の魔物だって、今は何も答えてくれないだろ。」
ヴァレリーは静かに返し、少しだけ視線を落とす。
「一つになれたら、教えてくれるんじゃないか。」
「……私は」
セラの声は、ひどく弱々しい。
「私は、どうしたらいいの?」
ヴァレリーは、すぐには答えなかった。
右手を持ち上げ、はめている指輪――聖環を、指でなぞる。
「そんなの、知らないな。」
率直な言葉だった。
「ただ、俺は、こいつと生きていくしかないと思ってる。」
聖環に触れる仕草は、確かに愛おしむようにも見えたし、同時に、縛られているようにも見えた。
「私も……そんな気はしているわ。」
セラが、かすかにうなずく。
ヴァレリーは、ちらりと彼女を見る。
「お前は、生贄が何を望んでいたのか、知らないんだろう。」
責める口調ではなかった。
事実を述べているだけだ。
「だったら、お前の好きに生きればいいだけだ。」
その言葉は、突き放しているようで、同時に、逃げ道を残しているようにも聞こえた。
「……私は」
セラの声が、少し強くなる。
「知りたい……真実を……」
胸の奥から、絞り出すように。
「こんなのが、私とカイルの運命だなんて……思わない。」
カイル――
その名を口にした次の瞬間、風が唸りを上げた。
竜巻のような、強い旋風が一同を包み、視界が白く歪む。
足元の土と落ち葉が舞い上がり、身体を叩いた。
「……っ!」
私は、とっさに顔を庇う。
風の中心に、影が立ち上がる。
鵺だった。
形を成したその姿は、以前よりもはっきりしている。
だが、威圧の奥に、獰猛さが増したような気がした。
「……ほう。」
デュラハンが小さく反応する声が聞こえた。
「そうよね。」
セラが、鵺をまっすぐ見つめる。
「あなたじゃなきゃ……私に付き合おうなんて、思わないものね。」
鵺は、低く唸った。
肯定なのか、拒絶なのか、分からない。
ただ、その声には、確かな感情があった。
私は、ダリウスの視線を感じた。
「……カイル、とは?」
ダリウスが、低く尋ねた。
「セラの、大切な方です」
私は、できるだけ端的に答える。
「知っていたんじゃないのか。」
「私の口から言うわけないじゃないですか。」
思わず、少し強い言い方になる。
「なぜだ?」
「ダリウスって……野暮なんですね。」
その一言で、彼は黙り込んだ。
返す言葉が、見つからなかったのだと思う。
「ようやく、お目覚めのようだねぇ。」
デュラハンの声が、場を切り裂く。
「これでちゃんと戦えそうだし、それじゃ、続きといこうか。」
胴体から、チョンチョンがふわりと飛び立つ。
同時に、デュラハンは槍を振り回し、空気を裂いた。




