風と土 - 1
語り:ミレイユ・カロ
目を開けると、いちばん近くにセラの顔があった。
何か言いたそうで、でも言葉を探しているような、そんな表情で、私の手にそっと触れている。
「……セラ、さま?」
声を出した瞬間、状況が一気に戻ってくる。
「魔物は――」
がばっと身を起こすと、視界に転がるオークの死体がいくつも見えた。
その向こうで、ダリウスが仰向けに倒れ、ローズが傍らに膝をつき、手をかざしている。
さらにその背後に、見知らぬ男が立っていた。
「戦いは終わったわ。」
セラが、静かに言う。
「あの方が助けてくれたの。」
そう言って、男を指す。
私は思わず、その姿をまじまじと見た。
背は高く、無駄のない体つき。
整った顔立ちだが、柔らかさよりも、冷たい均整を感じる。
「ただ……ダリウスの状態がよくないの。」
セラの声が少しだけ揺れる。
「棍棒を、まともに受けて……内側をやられているかもしれないみたい。
今、ローズが癒しの魔法で、必死に……」
「癒しの、魔法……?」
「ええ。
あの時、森であなたが使ってくれたのと同じよ。」
その言葉で、思い出す。
カテドラ郊外。大ムカデとの戦い。
自分の手で癒した感覚。
――あれと、同じ。
「君、大丈夫かい?」
男がこちらに気づき、近づいてくる。
「は、はい……大丈夫、です。」
緊張して、少しだけ声が硬くなる。
「女だと分かっていれば、殴らなかったんだが。
本当にすまなかった。」
「……え?」
思わずセラを見る。
「ミレイユは、変身中は意識がないの。」
セラが代わりに説明する。
「何も覚えていないわ。」
「そうなのか?」
「申し訳、ありません……」
「いや、まあ……それでもだ。傷になっていないか……」
そう言って、男は私の左頬あたりを、じっと見つめてくる。
「……大丈夫そうだな。
ローズが、うまくやってくれたようだ。」
「王子、お嬢ちゃんが照れてますよ。」
デュラハンの、からかうような声。
「――っ」
男は明らかにうろたえ、くるりと踵を返してローズの元へ戻っていった。
(……王子?)
その言葉が、胸の中に引っかかる。
「また……私のせいで、ミレイユにつらい思いをさせてしまったね。」
セラが、ぽつりと言う。
「つらいなんて、そんな……」
「私が魔化はダメって言ったのに……私のせいで使わせちゃって。
本当に、ダメね。それに……」
視線が、ダリウスへ向く。
そのとき、ローズがゆっくりと立ち上がった。
同時に、ダリウスが上体を起こす。
「ダリウス!」
私とセラは駆け寄りかけて――
「――ぐっ」
ダリウスが血反吐を吐いた。
二人の足が、止まる。
「内臓が破けていたせいでしょうが……もう、大丈夫です。」
ローズの声は落ち着いているが、どこか疲れている。
「ダリウス……」
「……痛みは、ないな。」
「私のせいで……ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうなセラに、ダリウスは苦笑する。
「よく分からないが、生き残った。
それでいいじゃないか。」
それから、ローズ、デュラハン、王子と呼ばれた男を順に見やり、
「とはいえ……どうしてこうなったのか。
教えてもらえるとありがたいな。」
語気が、少しだけ強くなる。
「どうもこうも――」
デュラハンが肩をすくめる。
「オークを連れてきたのは、あんたたちだよ。
私たちは、そのお嬢さんに聖環の正体を教えるつもりだっただけさ。」
「俺たちが……連れてきた?」
「あなた方は、帝国から尾行されていたのです。」
ローズが指差す。
その先に、数匹の蝙蝠。
「……パープルヘイズね。」
セラがスリングを構え、くるりと一回転する。
回転の力を乗せて放たれた石は、一匹の蝙蝠に正確に命中した。
落ちた蝙蝠から、紫の霞が広がる。
「なんだ、あれは?」
「よく分かりませんが……あの紫の霞が魔物で、全部の蝙蝠の中にいるんです。」
パープルヘイズに襲われた時の恐怖がよみがえる。
「おそらく、風の聖環を奪うため、エリアス・ヴァルメインから、オークとともに使わされたのでしょう。」
ローズの読み。
胸の奥が、ひやりとする。
(そこまで、執念深く……)
「さて……」
デュラハンが、楽しげに言った。
「いろいろ話したいだろうけど、人間ってこういう時、まずは自己紹介じゃない?」
促され、ダリウス、セラ、そして私が名乗る。
「聖環持ちのお嬢さんは、セラ、ね。」
「そちらのお名前も、いただこうか。」
ダリウスが、王子と呼ばれた男を指す。
「こちらにとっては、恩人だ。」
私は、どうしても「王子」という言葉が気になっていた。
「名乗るのは構わないが、その前に一つ頼みがある。」
王子と呼ばれた男が、セラを見る。
「君が本当に聖環を持っているというなら……魔物を、呼び出してもらえないか。」
セラが、言葉に詰まる。
「セラは、誰が生贄なのかを、今さっき知ったばかりでね。」
デュラハンが口を挟む。
「生贄を、今、知った……?」
ヴァレリーは、心底驚いた様子でローズを見る。
ローズは、静かにうなずいた。
「……そうか。」
短く息を吐き、ヴァレリーは改めて言う。
「俺はヴァレリー。
セラと同じ、聖環――土の聖環の保持者だ。」
空気が、わずかに張り詰める。
「では……魔物や、俺たちの体が泥に沈んだのは……」
ダリウスが戸惑いを隠せないまま尋ねる。
「そういうことだ。」
短い肯定。
――三人目。
敵なのか、味方なのか。
私は、その答えが分からないまま、ただ胸の奥に、不安だけが静かに広がっていくのを感じていた。




