無知 - 4
語り:ダリウス・エルネスト
二対七。
単純な数の問題だけではない。
最も大きな戦力である鵺は消え、セラはその場に崩れ落ちたまま、立ち上がろうともしない。
守るべき者を背に戦うというのは、難しさが格段に上がる。
ローズとデュラハンは動かない。
これが不文律というやつか。
――俺は、やれるのか。
頭の中で、冷静に条件を並べる。
オークの数。
矢の本数。
そして、ミレイユ――制御不能になったウェアウルフが、どこまで戦力として機能するか。
考えは巡ったが、迷っても仕方がない。
やれる。
そう判断した。
オークは人の背丈ほど。
ずんぐりとした体躯で、筋力はありそうだが動きは鈍い。
近接戦に持ち込まれる前に数を減らせばいい。
弓を引き絞る。
矢は迷いなく飛ぶ。
一匹目の眉間を射抜き、倒れるより早く二射目。
二匹目も同じ場所を撃ち抜く。
地面に倒れる音が二つ。
「……よし。」
残り五匹。
距離が詰まる。
これ以上は弓の間合いではない。
ここからは剣だ。
同時に、ウェアウルフが大きく吠えた。
獣の咆哮というより、空気を裂く衝撃だった。
次の瞬間、鉤爪が二匹のオークを引き裂く。
骨の砕ける音。
さらに跳び上がり、膝を叩き込む。
倒れたオークの喉元に噛みつき、肉ごと引き千切った。
強い。
ミレイユの意志ではなかろうが、純粋な破壊力は頼もしい。
だが、こちらにも来る。
前に出て剣を横薙ぎに振るい、突進してきたオークの首を刎ねる。
残りの二匹が同時に棍棒を振り抜いてくる。
頭を狙った一撃は剣で受け止めた。
だが、腹を狙ったもう一撃が防ぎきれない。
衝撃が内臓を揺らし、身体が宙を舞う。
「……っ!」
地面を転がり、息が詰まる。
視界が一瞬白くなった。
視線の先に、力なく座り込み、動こうとしないセラが見えた。
そして、その背後から歩み寄る二匹のオーク。
(行かせるな!)
ウェアウルフが駆ける。
間に合うか、ぎりぎりだ。
そのときだった。
セラの身体が、わずかに下がったように見えた。
「きゃっ……」
小さな悲鳴。
続いて、オークが脛のあたりまで沈み、前に進めない。
さらにウェアウルフも、勢いのまま踏み込んだ脚が沈み、走れなくなっている。
そして沈むのが俺の番となったことで、理由が分かった。
いつの間にか深い泥濘と変わり、俺の体も沈む。
ローズとデュラハンを見ると、二人はいつの間にか馬車に乗り、泥濘の外にいた。
この状況を予期していたのか。
いずれにせよ、ここで何とかしなくては。
そのとき、セラの向こう側の森に人影が見えた。
人影が姿を現す。
現れたのは、一人の男。
細身の剣――エストックを手にしている。
男は泥濘になっているはずの地面を、何事もないように歩いてくる。
セラの横を通り過ぎ、動けない二匹のオークの喉を、ためらいなく突き刺した。
二度、短い音。
オークは声も上げずに倒れた。
男は、そのままウェアウルフへ向かう。
「王子、それは違います。」
ローズの声が飛ぶ。
ウェアウルフが泥濘を抜けようと暴れる。
その顎に、エストックのナックルガードが叩き込まれた。
鈍い音。
ウェアウルフの身体が揺れ、そのまま崩れ落ちる。
獣の姿が溶け、ミレイユの身体に戻った。
「……げっ。女かよ。」
男が顔をしかめる。
「女を殴るなんて、酷い男だねぇ。」
デュラハンが、楽しそうに冷やかした。
俺はいまだ起き上がれず、地面に伏したまま、その光景を見ていた。
(危機は……去ったのか?)
そう思ったところで、意識が遠のいた。




