無知 - 1
語り:ミレイユ・カロ
デュラハンとの戦いの後、私たちはほとんど言葉を交わさずに歩き続けた。
先頭はダリウス、その後ろにセラ、最後が私だ。
歩く速さは、少しだけ遅い。
理由は、分かっていた。
体力に自信のない私と、戦闘で傷を負ったセラを気にしてのことだろう。
振り返って確かめることはしない。
ただ、速度だけを調整している。
野宿を挟み、歩くこと二日。
空の色が変わり、地面の踏み心地が少しずつ柔らかくなったころ、進行方向の先に、ひとかたまりの濃い緑が見えてきた。
山とも丘とも言えないが、木々が密に集まっているのははっきり分かる。
「あれだろうな。」
ダリウスが独り言のように言った。
「ええ、たぶんね。」
セラの声は落ち着いていた。
「目的地は見えた。
ここで一度、休んでから行こう。」
ダリウスはそう言って、立ち止まった。
「休む必要はないわ。」
間を置かずに、セラが返す。
即答だった。
「ここまで歩き通しだ。
足に疲労が残っている。
この状態じゃ、まともに戦えない。」
「戦ったって、負けるもの。」
セラの言葉は短い。
けれど、ダリウスが気にしているのは、別のことなのだろうと思った。
ダリウスはすぐには返さなかった。
一拍置いてから、低く言う。
「……それでもだ。」
それ以上は言わないし、理由も付け足さない。
セラは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく息を吐いた。
「……分かったわ。」
渋々、というのが正直なところだろう。
ダリウスの視線が、ちらりと私に向いた。
気遣いの確認だ。
「ええと……ちょっと休めると、ありがたいです。」
私はあえてそう言った。
セラがはっとしたようにこちらを見る。
「ごめんなさい……気が利かなかったわ。」
謝罪は素直だった。
今の彼女には、余裕がないのだろう。
私は首を横に振る。
「いえいえ……お気になさらず。」
そう答えながら、セラが聖環の正体を知りたくて、少し焦っているように見えるのを、私は感じていた。
短い休憩の後、再び歩き出す。
森は近くで見ると、思っていたよりも深そうだった。
入り口に立っただけで、空気の湿り気が変わるのが分かる。
そのとき、森の中から小さな塊が飛び出してきた。
数は一匹ではない。
耳のような翼を羽ばたかせ、行ったり来たりしながら、こちらの様子を窺っている。
ダリウスとセラが、とっさに身構える。
私も息を止めた。
だが、その塊――チョンチョンは、攻撃する様子を見せなかった。
代わりに、顔を振るような動きをしてから、森の奥へ飛んでいく。
振り返るように一度だけ円を描く。
「……ついてこい、ってことか?」
ダリウスが言う。
「そう見えるわね。」
セラも同意した。
私たちは顔を見合わせ、特に反対する理由もなく、チョンチョンの後を追った。
しばらく進むと、木々が不自然なほどきれいに途切れた場所に出た。
円を描くように開け、地面には苔が広がっている。
自然にできたとは思いにくいが、人の手が入った様子もない。
その中心に、デュラハンがいた。
槍を携え、堂々と立っている。
その脇には、首なし馬の引く馬車。
そして、少し離れた位置に、ローブをまとった女性が一人。
私たちは足を止め、三人並んで歩み出た。
チョンチョンの一匹が、ふわりとデュラハンの方へ飛び、繋がった。
「待ってたよ。」
デュラハンに繋がったチョンチョンの顔が、にっこりと笑った。
「あんなこと言われたらね。」
セラが淡々と返す。
デュラハンは槍の先で、ローブの女性を示した。
「こいつが、聖環のことを教えてくれる先生だ。」
ローブの女性が一歩前に出る。
フードを上げ、顔を見せた。
「ローズ・ミドラーです。」
礼儀正しく名乗る声だった。
私には、ローズが同世代くらいに見えた。
若すぎもしないし、年上というほどでもない。
「聖環について何も知らない、と伺いましたが、本当ですか?」
「お恥ずかしながら。」
ローズの問いに悪意は感じなかった。
けれど、セラの表情がわずかに硬くなるのを、私は見逃さなかった。




