分岐点 - 4
語り:ミレイユ・カロ
風が、ふっと向きを変えた。
それに紛れるように、鵺の姿が、音もなく掻き消える。
空気だけが、元に戻ったみたいだった。
――今しかない。
胸の奥で、指輪の感触を確かめる。
覚悟を決めようとした、その瞬間。
「ちょっと、おかしいわね。」
デュラハンの胴体に再度、あの女の顔のチョンチョンの頭がつながり、首を傾げた。
その一言で、張りつめていた何かが、すとんと落ちる。
おかしい。
戦いの最中に、そんな言葉が出るなんて。
デュラハンは、こちらを見もせず、地に伏しているセラの方へ歩み寄った。
槍を引きずる音が、やけに大きく聞こえる。
セラは、顔を上げようとした。
けれど、上体が言うことをきかない。
「ねえ、あなた。」
デュラハンが、屈み込む。
「本気だったのよね?」
返事はない。
「びっくりするくらい弱いんだけど。
どこか、怪我でもしてたの?」
セラの喉が、かすかに動いた。
でも、声にはならない。
「じゃあ。」
デュラハンは、楽しそうに考える仕草をする。
「あなたの“愛”が、足りないってことなのかしら?」
「愛って……何よ……」
セラが、絞り出すように言った。
デュラハンは、目を見開いた。
「えっ?」
一拍。
「あなた、愛してないの?」
「何を、言って……」
「何をって――」
そこまで言いかけて、デュラハンは、急に声を上げて笑い出した。
高く、乾いた笑い。
私は、息の仕方を忘れていた。
ダリウスも、同じだったと思う。
「これは、予想外だわ。」
笑いながら、言葉を継ぐ。
「あなた、指輪のことも、魔物のことも……
もしかして、何も知らないのね。」
セラが、片膝をつく。
「……馬鹿に、してるのかしら」
その瞬間、笑い声が、ぴたりと止んだ。
デュラハンは槍の柄を伸ばし、セラの顎に引っ掛ける。
無理やり、顔を上げさせた。
「このまま、殺してもいいんだけど……」
淡々とした声。
「それじゃ、ちょっと面白くないわね。」
デュラハンは、ふと馬車の去っていった方角へ目をやった。
「ああ……あの娘を遠ざけたのは、失敗だったかしら。」
あの娘とは、ローブの女性のことだろう。
独り言みたいに呟き、しばらく考え込む。
そして、セラに向き直った。
「ねえ。あなた。
あなたのしている、その指輪が――
何なのか、知りたい?」
セラは、答えず、睨み返す。
「もし知りたかったら……」
デュラハンは、立ち上がる。
「川上に向かって、川沿いに二日。
森があるから、そこまでいらっしゃい」
「……行かなかったら?」
セラが、低く問う。
デュラハンは、にっこり笑った。
「三日目に、そのお嬢さんを殺して、指輪を回収させてもらうわ」
胸が、凍りつく。
「じゃあね」
軽く手を振り、デュラハンはチョンチョンたちとともに、来た道を引き返していった。
沈黙だけが、残る。
セラが、ダリウスに手を伸ばす。
引っ張れ、と言うみたいに。
ダリウスは、無言で引き上げた。
私は、何か言わなきゃ、と思った。
でも、セラが何を言うのか分からなくて――
言わせてはいけない気がした。
「……指輪の正体……」
気づいたら、口が動いていた。
「聞きに行きましょう。」
「駄目よ!」
即座に、セラが叫ぶ。
「分からないことは……
自分で見ないと、ですよね?」
自分でも、驚くほど落ち着いた声だった。
ダリウスが、短く息を吐く。
「デュラハンに勝てる望みが薄い今、それしかないだろう。」
セラは、指輪を見つめる。
本当に、分からないものを見るみたいに。
「本当に、何なのよ。」
三人で、川上へ向かって歩き出した。
答えのない問いを、抱えたまま。




