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聖環  作者: 北寄 貝


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63/111

分岐点 - 4

語り:ミレイユ・カロ

 風が、ふっと向きを変えた。

 それに紛れるように、鵺の姿が、音もなく掻き消える。

 空気だけが、元に戻ったみたいだった。


 ――今しかない。


 胸の奥で、指輪の感触を確かめる。

 覚悟を決めようとした、その瞬間。

「ちょっと、おかしいわね。」

 デュラハンの胴体に再度、あの女の顔のチョンチョンの頭がつながり、首を傾げた。

 その一言で、張りつめていた何かが、すとんと落ちる。

 おかしい。

 戦いの最中に、そんな言葉が出るなんて。

 デュラハンは、こちらを見もせず、地に伏しているセラの方へ歩み寄った。

 槍を引きずる音が、やけに大きく聞こえる。

 セラは、顔を上げようとした。

 けれど、上体が言うことをきかない。

「ねえ、あなた。」

 デュラハンが、屈み込む。

「本気だったのよね?」

 返事はない。

「びっくりするくらい弱いんだけど。

 どこか、怪我でもしてたの?」

 セラの喉が、かすかに動いた。

 でも、声にはならない。

「じゃあ。」

 デュラハンは、楽しそうに考える仕草をする。

「あなたの“愛”が、足りないってことなのかしら?」

「愛って……何よ……」

 セラが、絞り出すように言った。

 デュラハンは、目を見開いた。

「えっ?」


 一拍。


「あなた、愛してないの?」

「何を、言って……」

「何をって――」

 そこまで言いかけて、デュラハンは、急に声を上げて笑い出した。

 高く、乾いた笑い。

 私は、息の仕方を忘れていた。

 ダリウスも、同じだったと思う。

「これは、予想外だわ。」

 笑いながら、言葉を継ぐ。

「あなた、指輪のことも、魔物のことも……

 もしかして、何も知らないのね。」

 セラが、片膝をつく。

「……馬鹿に、してるのかしら」

 その瞬間、笑い声が、ぴたりと止んだ。

 デュラハンは槍の柄を伸ばし、セラの顎に引っ掛ける。

 無理やり、顔を上げさせた。

「このまま、殺してもいいんだけど……」

 淡々とした声。

「それじゃ、ちょっと面白くないわね。」

 デュラハンは、ふと馬車の去っていった方角へ目をやった。

「ああ……あの娘を遠ざけたのは、失敗だったかしら。」

 あの娘とは、ローブの女性のことだろう。

 独り言みたいに呟き、しばらく考え込む。

 そして、セラに向き直った。

「ねえ。あなた。

あなたのしている、その指輪が――

 何なのか、知りたい?」

 セラは、答えず、睨み返す。

「もし知りたかったら……」

 デュラハンは、立ち上がる。

「川上に向かって、川沿いに二日。

 森があるから、そこまでいらっしゃい」

「……行かなかったら?」

 セラが、低く問う。

 デュラハンは、にっこり笑った。

「三日目に、そのお嬢さんを殺して、指輪を回収させてもらうわ」

 胸が、凍りつく。

「じゃあね」

 軽く手を振り、デュラハンはチョンチョンたちとともに、来た道を引き返していった。


 沈黙だけが、残る。


 セラが、ダリウスに手を伸ばす。

 引っ張れ、と言うみたいに。

 ダリウスは、無言で引き上げた。

 私は、何か言わなきゃ、と思った。

 でも、セラが何を言うのか分からなくて――

 言わせてはいけない気がした。

「……指輪の正体……」

 気づいたら、口が動いていた。

「聞きに行きましょう。」

「駄目よ!」

 即座に、セラが叫ぶ。

「分からないことは……

 自分で見ないと、ですよね?」

 自分でも、驚くほど落ち着いた声だった。

 ダリウスが、短く息を吐く。

「デュラハンに勝てる望みが薄い今、それしかないだろう。」

 セラは、指輪を見つめる。

 本当に、分からないものを見るみたいに。

「本当に、何なのよ。」


 三人で、川上へ向かって歩き出した。

 答えのない問いを、抱えたまま。

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