分岐点 - 3
語り:ミレイユ・カロ
空を舞うチョンチョンの群れの中からひとつだけ、動きの違う影がふっと高度を下げた。
先ほどまでデュラハンと繋がっていた女の顔が宙に浮かんだまま、こちらを見下ろしている。
「それが、聖環の魔物なのね。」
飛び回る声は、不思議と風に掻き消されない。
「……そうみたいね。」
セラが短く答える。
声は落ち着いているけれど、肩の力が抜けていない。
女の顔――チョンチョンが、楽しそうに口角を上げた。
「あんたたちを殺すのは、正直言って簡単よ。
でも、それじゃつまらない。」
空中で、くるりと一回転する。
「だからさ。
あたしの身体とあんたの魔物で、一騎打ちってのはどう?」
冗談めいた言い方なのに、背筋がひやりとした。
遊びの延長で命を弄ぶ声音だった。
セラが、ちらりと私とダリウスを見る。
「……それしか、なさそうよね。」
「大丈夫か?」
ダリウスの問いは短い。
剣の柄にかかっていた手が、わずかに緩む。
「頑張ってみるわ。」
そう言って、セラは一歩前に出た。
ダリウスは剣を納める。
それが、彼なりの覚悟なのだと分かった。
「受けて立つわ。」
その言葉に応じるように、鵺が前へ出る。
背を低く落とし、四肢を広げる。
牙を剥き、喉の奥で低く唸る姿は、まるで獲物を前にした虎のようだった。
「そうこなくっちゃ。」
女の顔が、くすりと笑う。
デュラハンが地を踏みしめ、槍を片手に、微動だにせず、鵺の動きを待っている。
空気が一段、重くなる。
――怖い。
立っているだけで、こちらが試されている気がした。
鵺が駆けた。
一気に距離を詰め、鉤爪を振るう。
だが、デュラハンは半歩退いただけだった。
槍の柄で、鵺の胸を押さえる。
「――っ!」
同時に、セラが喉を詰まらせたような声を上げる。
胸を押さえ、歯を食いしばる。
鵺が跳ぶ。
横へ、さらに前へ。
地面を叩く音。
デュラハンが、槍の柄で地を打ったのだ。
着地点を失い、鵺が体勢を崩す。
「うっ……!」
セラが膝をつく。
短い悲鳴が、抑えきれずに漏れた。
次の一撃は、薙ぎ払いだった。
また刃ではない。
ただの柄。
それでも、鵺の体が吹き飛ぶ。
セラが、短く息を呑んだ。
声にならない音が漏れ、背中を強く反らす。
鵺は立ち上がる。
だが次の瞬間、槍の柄が鵺の胸骨の下――前脚の付け根を、抉るように打ち抜いた。
鈍い音。
鵺が崩れ落ちる。
「……っ、は……」
セラが地面に倒れ、呻く。
呼吸が荒く、指先が震えている。
デュラハンは、槍をひとひねりした。
今度は柄ではない。
冷たい刃が、鵺の喉元に、ぴたりと添えられる。
逃げ場はない。
デュラハンは、しばらくそのまま静止し、やがて、ゆっくりと槍を引いた。
その首元に、女の顔が降りて一体化する。
「……あれ?」
女の声が、少しだけ間延びする。
「こんなもんなの?」
ダリウスが、息を呑むのが分かった。
「桁違いじゃないか……」
呟きは、畏怖そのものだった。
私は、何も言えなかった。
ただ、地に伏す鵺と、苦しむセラを見て――
胸の奥で、あの指輪の感触が、はっきりと蘇る。
――もし、また。
考えてはいけないことだと分かっていても、ウェアウルフへの魔化が、頭をよぎってしまう。




