分岐点 - 1
語り:ミレイユ・カロ
漁村を出てから、三日目の朝だった。
ロニーが描いてくれた地図は実に簡素で、漁村から街道に出て、あとはひたすら真っすぐ――
そういう、迷いようのない道筋だった。
街道沿いには小さな集落や宿場が点在していて、これまで野宿をせずに済んでいるのはありがたかった。
ただ、当初の目算では今日アムステルに着くはずだったけれど、昨夜泊まった宿の主人の話では、
「徒歩なら、あと二日はかかるんじゃないかね」
とのことだった。
「私のせい……ですよね。」
思わず、声が小さくなる。
体力がない分、足を引っ張っているのは確かだ。
「このペース、私だって限界よ。」
セラが、あっさりと言った。
「男の目算だ。女なら、こんなものだろ。」
ダリウスの言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
けれど、問題は別にあった。
アルビオン島までの船代が、どう考えても足りない。
私が使えなかった船代と、シメオンが工面してくれた路銀はまだ残っている。
けれど、街道の宿代や食事代で少しずつ減っていき、手持ちのお金は、もともと私一人がアストリア港からアルビオン島へ帰る船代にも届かなくなっていた。
この状況で、三人でアルビオン島へ渡るのはおそらく無理だ。
アムステルで、何がしかの資金稼ぎが必要になる。
その点について三人の意見は一致していた。
「今さら、宿をケチっても焼け石に水だな。」
ダリウスの言葉に、私とセラは頷き、お金について考えるのは一旦止めた。
朝のうちに宿を出て、昼前になる頃――
街道の先に、大きな川が現れた。
宿の主人の話では、ここで渡し船に乗り、対岸へ渡る必要があるという。
川へ向かって歩いていると、向こうから、男たちが走ってきた。
ただ事ではない様子だった。
「た、助けてくれ!」
「魔物が……魔物が出やがった!」
私たちは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
「案内しろ。」
ダリウスが、即座に言う。
「助けてくれるのか?」
「やるだけやってみよう。」
「恩に着る! こっちだ!」
川辺に着いた瞬間、私は息を呑んだ。
川の中ほどで、渡し船が揺れている。
その周囲を――
異様なものたちが飛び交っていた。
「あれは……チョンチョンじゃないか?」
逃げてきた男の一人が、青ざめた顔で呟く。
(チョンチョン……)
胴体と呼べるものは、ほとんどない。
首から上だけが宙に浮いているような姿。
人の顔に、生気の抜けた灰色の皮膚。
見開かれた目は焦点が合わず、裂けた口から甲高い鳴き声を上げている。
そして、異様なほど大きな耳。
人の耳を引き延ばしたようなそれが、左右に張り出し、ばさり、ばさりと羽ばたく。
生首のような体が群れを成し、渡し船を囲んでいた。
船頭が櫂を振り回すもあちこちを噛みつかれ、耐えきれず、突き飛ばされるように川へ落ちた。
次の瞬間、一匹と目が合った気がした。
甲高い鳴き声が、他の魔物たちに伝わる。
「来るぞ!」
ダリウスの声が低く響く。
「来い!私の風!」
セラの右手が動き、空気がうねる。
次の瞬間、風を裂くように鵺が姿を現した。
ダリウスは弓を構え、セラはスリングを手に取る。
私の心臓が、嫌な音を立てて鳴り始めていた。




