神使と呼ばれて - 6
語り:ミレイユ・カロ
丘の上で話し合い、日暮れ前には、私たちは村長の家へ戻った。
玄関で出迎えた村長は、私たちの姿を見るなり、ほっとしたように息をついた。
「戻ってきてくださって、何よりです。
おい、早く夕食の用意を。
神使様たちがお戻りだ。」
奥さんにそう声をかけ、まるで当然のように家へ招き入れる。
私たちは礼を言い、食事までの間に、出立のための荷づくりを急いだ。
やがて食卓に呼ばれる。
テーブルに並んだ皿から、潮の香りと、にんにくを軽く熱した匂いが立ちのぼった。
貝や小魚、甲殻の身が、赤く煮込まれた汁と絡み、平たい麺の上にたっぷりと盛られている。
一口運ぶと、海の旨味が一気に広がった。
酸味は控えめで、魚介の甘みが前に出ている。
噛むたびに味が増して、気づけば、黙々と食べ進めていた。
(奥さん、本当に料理が上手)
静かな食卓だった。
食べ終えたところで、村長が咳払いをひとつする。
「さて……先ほどの話ですが。」
私は、身構えた。
「改めてお願いしたい。
ロニーとの婚姻を――」
「その前に。」
ダリウスが、きっぱりと遮った。
「ミレイユの力は、神のものではありません。」
村長は、きょとんとする。
「偶然出会った魔女から買った、ただの魔法具の力です。」
「……?」
「金さえあれば、誰でも手に入れられる力です。
神格化するようなものじゃない。」
村長は、首を傾げたままだ。
ダリウスは、言葉を選びながら続ける。
「つまり、彼女を村に留めておく理由にはならない、ということです。」
しばしの沈黙。
やがて、村長はゆっくりと口を開いた。
「力が特別なものか、買えるものかは、関係ありません。」
その声音には、迷いがなかった。
「神使様は、この村を救う“運命”をお持ちなのです。
それを果たされたからこそ、この村にいていただきたいのです。」
「ロニーと結婚させてでも?」
セラが、低く問う。
「ロニーがお気に召さないなら、ロニーでなくても構いません。」
さらりと言われて、背筋が冷たくなる。
「この地に神使様の血を残すのであれば、村長たる我が家系こそが、ふさわしいと考えただけです。」
私は、思わず口を挟んだ。
「ロニーさんは……どこに?」
「さあ。
どこかで頭を冷やしているのでしょう。」
村長は、ためらいもなく言った。
「あいつも、拾った命をどう使うか、ちゃんと考える必要があるのです。」
三人とも、言葉を失った。
(話が、通じていない)
その空気を裂くように、奥さんが料理皿を下げに入ってきた。
「急いては事を仕損じる、って言うだろう。」
穏やかな声だった。
「神使様をせっつくなんて、罰当たりなんじゃないかい?」
「それもそうだな。」
村長は、あっさりと引き下がった。
「失礼いたしました。」
私たちは、互いに目を交わし、食事の礼を述べて部屋へ戻った。
――未明。
旅支度を整え、音を立てないよう、部屋を出る。
村長の理解が得られなければ、漁師たちが動き出す前に出る――
そう決めていた。
廊下の先、ダイニングから、明かりが漏れている。
私は、忍び足で覗いた。
奥さんが、ひとり座っていた。
「……奥さん。」
声をかけると、背後で、セラとダリウスが息を呑む気配がした。
奥さんは振り向き、私たちの荷を見て、静かに言った。
「やっぱり、行くんだね。」
「……黙って出ていくのは、申し訳なくて。」
「うちの亭主が勝手なことばかり言って……
本当に、すまなかったね。」
「村長というお立場も、おありでしょうから……」
「だからって、息子に恋人がいることも知らないで、勝手に結婚話を進めるなんてねぇ。」
私は、思わず聞いた。
「ご存じだったのですか?」
「男の子なんて、単純なもんさ。」
奥さんは、苦笑した。
「ロニーを、待っていたのですか?」
「子離れが、できなくってね。」
その言葉に、胸が、きゅっと締めつけられる。
「ロニーは、今日には戻ってきますよ。」
セラが言う。
「そういう段取りだったんだね。」
「……すみません。」
「いいさ。」
「漁師たちが動き出すと、面倒だ。」
ダリウスが、低い声で割り込む。
「俺たちは、そろそろ行きます。」
奥さんは、私たちを見渡した。
「魔物を退治してくれたから、あの子は生きている。
本当に、感謝しているよ。」
「奥さんの料理、本当においしかったです。」
「ありがとう。」
奥さんは、静かに微笑んだ。
「さあ、早く行きな。」
私たちは、深く頭を下げ、家を出た。
丘へ向かう。
指定していた木の枝に、袋が括り付けられていた。
中には、乾燥させたパンと干し魚、硬いチーズと、少量の干し果実。
そして、ロニーの筆で描かれた、アムステルまでの地図。
ダリウスが星を仰ぎ、方角を確かめる。
「徒歩で三日。
楽な道じゃないが……行こう。」
歩き出す背中を、私は追った。
星空の下、足を運びながら、ふと思う。
(エリアスとの婚約を知らされたとき、何を思ったのだろう)
いつか、聞ける日が来るのだろうか。




