表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖環  作者: 北寄 貝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/62

神使と呼ばれて - 5

語り:ミレイユ・カロ

 村長の家を飛び出したものの、行く当てなど、どこにもなかった。

 気づけば、私の足は、さきほど三人で話していた丘の上へ向かっていた。

 腰を下ろし、ただ、海を眺める。

 事態を受け入れようとしているのか、頭から追い出そうとしているのか――

 自分でも、よくわからない。

 思考は、どこかで途切れ、ただ、ぼんやりと時間だけが過ぎていく。


 ふと、カンタベリオンの屋敷の一室が、脳裏に浮かんだ。

 窓辺に立ち、風に吹かれているセラの後ろ姿。

 二年前の出来事以来、セラは、ああして窓辺に立つことが多くなった。

 感情を表に出すことも減り、まるで、自分を風に預けて生きているように見えた。

 エリアス・ヴァルメインとの婚約が決まったときも、彼女は、それを静かに受け入れようとしていた。

(……感情なんて、放り投げてしまえばいいのかしら)

 そうすれば、何も苦しまなくて済むのだろうか。

 そんなことを考えながら、しばらく、動かずにいた。


「……神使様?」

 不意に、声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのはロニーだった。

 その隣には、見覚えのない若い女性が立っている。

 慌てて立ち上がる。

「あ、私……ミレイユと言います。」

「ロニーです。」

 彼は改めて名乗り、隣の女性も小さく頭を下げた。

「ユリ、と申します。」

 ユリは一度、私を見て、それからすぐに視線を伏せた。

 期待しているのか、怯えているのか――

 そのどちらでもあるように見えた。

「こんなところで……どうしたのですか?」

 ロニーの問いに、私は正直に答えた。

「……どうしようもなくて。

 だから、ここにいます。」

 ロニーは、少し間を置いてから言った。

「親父から……聞きましたか。」

「はい。」

「……そうですか。」

 彼の表情が、陰る。

 ユリが、そっとロニーに寄り添った。

 二人の距離感を見て、私は、察してしまう。

「お二人は、どういったご関係で?」

 尋ねると、ロニーは、しばらく黙ってから答えた。

「……恋人です。駆け落ちするつもりでした。」

 ロニーは、あまり多くを語らなかった。

 けれど、言葉の端々から、私は、これまでの出来事を自然と組み立てていた。


 ケルピーが現れたとき、村長は村のためにと、男の生贄として息子であるロニーを指名した。

 ロニーの様子から、それを拒まなかったのだろうと、私は思った。

 そして、生贄がもう一人必要だと告げられたとき、名乗り出たのが――ユリだった。

 二人は、互いの関係を伏せたまま、一緒に死ぬつもりだったのだ。

 ケルピーが倒され、生贄の話が消えたことで、二人は救われたはずだった。

 けれど今度は、神使とロニーの結婚話が、村の都合で持ち上げられた。

 村のために死ぬ覚悟はあっても、生き方まで他人に決められる理由は、どこにもない。

 ロニーが怒り、ユリが怯えるのも、無理のないことだと思えた。


(……何もかも、うまくいかないものね)


「安心してください。」

 私は、はっきり言った。

「私は、ロニーさんと結婚するつもりはありません。」

 ユリの顔が、ぱっと明るくなる。

「ありがとうございます!」

「いえ……どういたしまして。」

 そう答えながら、自分でも思う。

(何なんだろう……この会話は)

「もし……」

 私は続けた。

「私が結婚しないと宣言すれば、お二人は、この村に残るのですか?」

「そのつもりです。」

「でも、村長さんが、あきらめるでしょうか。」

 ロニーとユリは、言葉に詰まった。


 そのときだった。


 背後から、強い風が吹き抜けた。

 振り向くと、青黒い影――鵺が立っている。

 ロニーとユリが、息を呑む。


(……鵺が、ここにいるということは)


 そう思った瞬間。

「ミレイユ!」

 丘のふもとから、二人の姿が見えた。

 セラと、ダリウス。

 セラは、一目散に駆け寄り、私を抱きしめた。

「……ごめんなさい。」

 声が、震えている。

 涙ながらに、続けた。

「あなたが飛び出したあと、村長が言ったの。

 “神使様は、この村にいるのが幸せなのです”って。」

 抱きしめる腕に、力がこもる。

「そのとき……自分が、村長と何も変わらないって気づいた。」

 セラは、嗚咽をこらえながら言った。

「ミレイユが、何を幸せだと思うかを決めるべきなのに……

 私は、それを奪ってた。」

 胸が、いっぱいになる。

「……私にも、何が幸せなのかは、わかりません。」

 それでも、言葉にする。

「でも……今の私が望むのは……」

 息を吸って、はっきり言った。

「セラと、ダリウスと、アルビオン島に帰ることです。」

「……ありがとう。」

 セラは、さらに強く、私を抱きしめた。

 私の目からも、涙があふれてくる。

「アルビオン島に、行かれるのですか?」

 ロニーが、恐る恐る尋ねた。

「そうだ。」

 ダリウスが答える。

「そのために、まずはアムステルへ向かう。」

「私たちに、何かお手伝いできることはありますか?」

「君たちが?」

 ダリウスが、意外そうに眉を上げる。

 私は、二人のいきさつを簡単に話した。

 ダリウスは、少し考え、決断したように言った。

「俺たちは、陸路でアムステルへ向かう。

 だから、地図と……少しの食料がほしい。」

「用意できます。」

 ロニーは、即答した。

「明日の朝までに、できる?」

 セラが尋ねる。

「急げば、何とか。」

「じゃあ、急いで。

 用意できたものはそこの木に括り付けておいて。」

 セラは、真剣な顔になる。

「それと……明日、私たちが村を去るまで、二人とも、姿を見せないで。」

「……わかりました。」

 ロニーとユリは、頷いた。

 セラは、私とダリウスを見る。

「この村をどうやって出るか……みんなで考えましょう。」

 その声には、もう迷いはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ