表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖環  作者: 北寄 貝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/62

神使と呼ばれて - 4

語り:ミレイユ・カロ

 人気のない場所を求めて、私たちは三人で、小高い丘の上まで歩いてきた。

 振り返ると、眼下に漁村が広がっている。

 三十軒ほどの家が寄り集まり、その先の海には、漁船らしき影がいくつも見えた。


「冗談じゃ、すまない雰囲気になってきたな。」

 ダリウスが、低く呟く。

「神使さまと、お供、ですって。」

 セラが、どこか乾いた調子で言った。

「その“神使さま”って呼び方、やめてもらえませんか。」

 思わず口を挟む。

「あ、ごめんなさい。」

 セラはすぐに謝った。

「あ、いえ……そんな……」

 慌てて取り繕う。

 自分でも、何を言っているのかわからなくなる。

「この様子だと、アムステルへ行く方法を考える前に、どうやって脱出するかを考えなきゃならないな。」


 “脱出”。


 その言葉に、胸がひくりとした。

 カテドラから逃げ出したときのことが、嫌でも脳裏によみがえる。

「力ずくは避けたい。

 できれば、理解を得たいところだ。

 それに、ノルドハイム領内の地理は詳しくない。

 迷うわけにもいかない。」

 そのとき、セラが黙り込んでいることに気づいた。

「……セラ?」

 ダリウスが声をかける。

 セラは、少し考えるように視線を落とし、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。

「ねえ……

 アムステルに、そんなに急ぐ必要って……あるのかな?」

 思わず、息を呑んだ。

 ダリウスも、目を見開いている。

 セラは、続ける。

「私たちは、ミレイユがアルビオンに無事に帰れるように旅をしてきた。

 そのために、アルビオン行きの船に乗ろうとして、アムステルへ向かっている。」

 言葉を切り、それから、静かに言った。

「アルビオンに行くのは、ミレイユの安全のためだと思ってた。

 でも……

 もし、安全が確保できるなら、無理に向かう必要は、ないのかなって。」

 頭の中が、真っ白になる。

 血の気が、すっと引いていくのがわかった。

「……自分が、何を言っているかわかっているのか?」

 ダリウスの声は、硬かった。

「わかってる。」

「なら、どうしてだ。」

 セラは、唇を噛みしめてから答えた。

「聖環をはめてから、戦ってばかりでしょう。

 ……呪われてるんじゃないかって、本気で思うこともある。」

 視線が、私に向く。

「その中で、ミレイユは……

 ウェアウルフになってまで、戦わなくちゃならなくなった。」

 胸が、痛む。

「このまま、ミレイユを連れて旅を続けていいのか……

 自信が、なくなってきたの。」

「……神使として、崇拝の対象になれば、安全だと?」

 ダリウスが、慎重に問い返す。

「……私と一緒にいるよりは。」

 その言葉に、ダリウスは何か考え込むように、口を閉ざした。


 ――涙が、止まらなくなった。


 カテドラ郊外の森を出るとき、仲間でいようと言われて、嬉しかった。

 セラやダリウスの役に立とうと、できることを考えて、頑張ってきたつもりだった。

 けれど。

(……私は、お荷物だったの?)

 そんな考えが、胸の奥から、じわじわと広がっていく。


「……ミレイユ?」

 二人が、私の異変に気づく。

「ごめんなさい。」

「勝手に話を進めて……」

 慌てて謝る二人を見て、私は、意を決した。

「……私、この村に残ります。」

 言葉にした途端、胸の奥が、少しだけ静かになった。

「ミレイユ、待て。」

「それは――」

 二人は、何か言おうとしたが、言葉にならない。

「村の方たちは、こんなに良くしてくださるんですから。」

 涙が止まらないまま、それでも、続ける。

「……悪くない、ですよね。」

 二人は、絶句していた。

「セラ様には、指輪はだめって言われましたけど……」

 自分でも、笑っているのか泣いているのかわからない。

「いざとなったら……

 使っちゃいますよ。

 神使ですから。」

 そう言って、涙を拭った。

「そうと決まれば、村に戻りましょう。」

 背を向けて、歩き出す。

 重い空気の中、二人が黙ってついてくるのがわかった。


 村へ戻る途中、道端にいた村人が、私を見るなり手を合わせた。

「神使さま……」

 ありがたそうな視線。

(……これを、受け入れていくの?)

 考えただけで、うんざりした気分になる。


 村長宅の前に着いたときだった。

 家の中から、怒鳴り声が聞こえてくる。

「この村のためだと、何度言えばいい!」

「俺の人生を、何だと思ってるんだ!」

 次の瞬間、扉が開き、青年が飛び出してきた。

 ――ロニー。

 目が、合った。

 奥から、村長の奥さんの声が響く。

「ロニー!」

 青年は、振り返らずに走り去っていった。

 追いかけようとしていたらしい奥さんと鉢合わせる。

「あら……神使さま。

 お帰りなさい。」

 明らかに、取り繕った声だった。

 続いて、村長が出てくる。

「これは……お恥ずかしいところを。」

「どうか、されたんですか?」

 尋ねると、夫婦は、言いよどんだ。

「ああ、いえ……

 とりあえず、お入りください」


 皆でテーブルにつく。

 村長は、姿勢を正した。

「村を代表して、私はやはり、神使さまにこの村にいていただきたい。」

 返事をしなければ。

 そう思うのに、声が出ない。

「そこで……」

 村長は、少し間を置いて言った。

「ぜひとも、我が息子ロニーと、夫婦になっていただきたい。」

「……え?」

 私と、セラと、ダリウス。

 三人の声が、重なった。

「そう考え、ロニーに話したところ……

 先ほどのありさまでして。

 お恥ずかしい限りです。」


 ――もう、限界だった。


 椅子を蹴り、立ち上がる。

 何も言えないまま、私は家を飛び出した。

 胸の奥で、何かが、はっきりと音を立てて壊れるのを感じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ