神使と呼ばれて - 3
語り:ミレイユ・カロ
朝の光で、目が覚めた。
一瞬、どこにいるのか分からず、それから、村長宅の客間だと思い出す。
(セラは?)
同じ部屋で休んでいたはずの寝台が、空だった。
「寝坊した!」
反射的に飛び起きる。
慌てて身支度を整え、部屋を出ると、廊下で村長の奥さんと鉢合わせになった。
「あら、おはよう。」
「お、おはようございます。
あの、セラはどちらに……?」
「お供のお二人なら、外で体を動かしてますよ。」
「……お供?」
思わず聞き返すと、奥さんはにこやかに微笑んだ。
「朝食の用意、すぐできますからね。」
そのまま台所へ行ってしまう。
(今の……聞き間違いじゃないわよね)
首を傾げつつ、家を出る。
庭先では、セラがスリングで的を狙い、ダリウスが剣の素振りをしていた。
「寝坊して、すみません!」
声をかけると、ダリウスが手を止めた。
「まだ早朝だ。
寝坊なんて時間じゃない。」
セラも振り返る。
「指輪の疲労は、すぐには抜けないでしょ。
休めるときは、ちゃんと休んで。」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
「ごめんなさい……」
申し訳なさでいっぱいになる。
そこへ、奥さんの声がした。
「朝食ができましたよ。」
三人で食卓につくと、村長も向かいに腰を下ろした。
「ケルピーがいなくなって、漁師たちは安心して海に出られるようになりました。
本当に、ありがとうございます。」
ダリウスが、私のほうを見て言う。
「彼女の勇気のおかげです。」
(勘弁してください)
口には出さず、心の中でつぶやいた。
村長は、感慨深げに頷く。
「この村は、長く生贄を出す宿命を負っていると考えていました。
ですが、神は……
我々を、そのつらい宿命から解き放ってくださった。」
セラが、小声で言う。
「ずいぶん、大げさな話になってきたわね。」
村長は、私のほうを向き、姿勢を正した。
「あなたさまが、魔物を退治されたと伺いました。
あなたさまは、神使に違いありません。」
その声は、熱を帯びている。
(どうしよう……)
何と答えていいのか、分からない。
ダリウスが口を開いた。
「昨日も話したが、俺たちはアムステルへ向かいたい。
船を出してもらえないだろうか。」
「そんなことを言わず、
もう少しこの村に逗留してください。
何なら……住んでいただいても……」
「それは、できない。」
ダリウスは、はっきり言った。
村長が「何卒」と言いかけた、そのとき。
「ほら、あんた。話が急すぎるんだよ。」
奥さんが、焼き魚のサンドイッチを持って現れた。
「神使さまも、お供の方も、困ってるじゃないか。」
(なんだか、話がおかしな方向に……)
「おかげさまで、久しぶりの漁の成果なんだから、まずは食べてくださいな。」
渡されたサンドイッチは、こんがり焼いた魚に、香ばしい油。
少し固めのパンに、潮の旨みがよく合う。
一口かじると、思わず頬が緩んだ。
(……こんな状況なのに、おいしい)
身はふっくらしていて、焼き目の苦味が良いアクセントになっている。
会話は、そこで途切れた。
もやもやした気持ちのまま、三人とも黙って食べ進めるしかなかった。
食後にお茶を持ってきた奥さんが言う。
「今日から久しぶりに漁ができるってんでね。
漁師たちは、一日中海に出っぱなしだよ。
だから、今日は船の手配は無理だね。」
ダリウスが頷いた。
「なら、陸路で行くまでだ。
地図はあるか?」
村長が眉をひそめる。
「なぜ、そこまでしてアムステルへ?」
ダリウスとセラが、視線を交わす。
セラは、小さく首を振った。
「話せない理由がある。
だから、密航してきた。
察してくれ。」
村長は、少し考えてから言った。
「では……神使さまだけでも、この村にいていただくことは、できないでしょうか?」
「……何だと。」
ダリウスの声が、低くなった。
一瞬、張り詰めた沈黙が流れる。
セラが、すっと割って入った。
「今日は船が出ないのなら、少し村を散歩させてもらってもいいかしら。
ね、ダリウス。」
「……ああ。」
苛立ちを抑えた返事。
「ミレイユも、一緒に行きましょう。」
「……はい。」
「村を見て回っても?」
セラが尋ねると、村長は少し落ち着きを取り戻したようだった。
「ええ。
ゆっくり、ご覧になってください。」
朝食のお礼を言って、村長宅を出る。
外に出て、言葉を交わす間もなく。
「神使さま!」
三人の男が、満面の笑みで駆け寄ってきた。
魚、貝、野菜、ワイン。
両手いっぱいに抱えて、私の前に差し出す。
「ぜひとも、お納めください!」
「い、いえ……そういうのは……」
「そんなこと言わず!」
セラが、すぐに口を挟んだ。
「私たちは、少し散歩に出ますので。
それらは、村長に預けておいてください。」
「おお、わかりました!」
男たちは元気よく返事をして、村長宅へ入っていった。
セラが、低い声で言う。
「……急いで、ここから離れましょう。」
「その方が、良さそうだな。」
三人で顔を見合わせ、建物の少なそうなほうへ、早足で歩き出した。
胸の奥に、またひとつ、居心地の悪さが積もっていくのを感じながら。




