神使と呼ばれて - 2
語り:ミレイユ・カロ
船着き場が近づくにつれ、人だかりの正体がはっきりしてきた。
その中に見知った顔を見つけたのだろう。
漁師の一人が、急に身を乗り出す。
「おーい!」
大きく手を振ると、向こうの誰かが気づいたようで、声を上げた。
次の瞬間、その人物が周囲に何かを告げる。
人の流れが、わずかにざわめいた。
ほどなくして、船は無事に接岸した。
桟橋に足を下ろすやいなや、漁師が声を掛けられた。
「……ここまで、どうやって来た?」
驚きと疑念が入り混じった、落ち着かない問いかけだった。
「途中で、魔物に遭遇しなかったか?」
別の村人が、すぐに言葉を重ねる。
「ケルピーか?」
漁師が返すと、村人は短く頷いた。
「そうだ。」
そのやり取りに、漁師は胸を張った。
「心配いらねぇ。
こいつらが、倒してくれたぞ!」
そう言って、私たちのほうを指し示す。
途端に、空気が変わった。
村人たちが、半歩、あるいは一歩、後ずさる。
「倒せたのか?」
「そんなこと、できるはずがない。」
「それは……人が、やっていいことなのか?」
低い声が、あちこちから漏れ聞こえる。
「嘘だと思うなら、小島まで船を出して見てくればいい。」
漁師が言い放つと、もう一人の漁師が、さらに声を張り上げた。
「それもこれもだな!
このお嬢ちゃんのお手柄だぞ!」
――え?
突然、指を向けられて、頭が真っ白になる。
「え、ええと……」
言葉を探しているうちに、セラとダリウスが、楽しそうに口を挟んだ。
「大活躍だったわよ。」
「後世に名を遺す偉業だな。」
「からかわないでください!」
思わず頬を膨らませると、二人はますます面白がった様子だった。
そのとき、人々の中から声が上がる。
「村長を呼んで来い!」
一人が駆けだしていった。
ほどなくして、年配の男が姿を現した。
穏やかな顔立ちだが、目には緊張が浮かんでいる。
「ケルピーを倒した、というのは本当か?」
村長の問いに、漁師は眉をひそめた。
「出たことは、知ってたんだな?」
「ああ。」
「ならよ、俺たちがこうして生きてたどり着いたことが、何よりの証拠じゃねぇか?」
村長は、少し考え込んだあと、頷いた。
「確かに……」
そして、周囲の村人に向かって指示を出す。
「船を出せ。
小島を確認してこい。」
漁師は、そこで思い出したように付け加えた。
「ちなみに、ケルピーだけじゃねぇ。
海藻の魔物も、倒してくれたぜ。」
村長は、言葉を失ったように口を閉ざし、ゆっくりと、私たち三人を見る。
――どう振る舞えばいいのか、分からない。
セラも、ダリウスも、困ったように視線を交わしている。
「……とりあえず。」
村長が、ようやく口を開いた。
「話は、家で聞こう。
今日は、我が家に泊まっていってほしい。」
三人で顔を見合わせ、結局、頷くしかなかった。
漁師たちは、知り合いの村人がいるからと、その場で別れた。
少し歩いて、村長宅に着く。
中に通され、テーブルを囲むと、青年が水の入ったコップを運んできた。
「息子の、ロニーだ。」
村長が紹介すると、青年は軽く頭を下げ、すぐに下がっていった。
村長は腰を下ろし、語り始める。
「この村には、古い言い伝えがある。」
五十年に一度、沿岸に現れるケルピー。
魚を獲りすぎた人間に代償を求め、海で漁師を殺しに来る存在。
それを鎮めるため、若い男女を生贄として捧げ、漁を続ける赦しを乞う――。
「もし、本当に倒したのなら……」
村長は、私たちを見る。
「あなたたちは、この村の救世主だ。
生贄となるはずだった息子の救世主でもある。」
胸の奥が、ひやりとした。
ダリウスが、咳払いをして言う。
「泊めていただけるのはありがたい。
だが、我々はアムステルへ向かいたい。
できれば、明日にでも船を出していただけないだろうか。」
村長は、柔らかく笑った。
「まあまあ、そんなに急がなくても。
悪いようには、しませんから。」
そう言って、部屋へ案内し始める。
背後で、セラが小声で囁いた。
「救世主、ですって。」
私は、肩をすくめた。
「まったくもう……」
視線を窓の外へ向けると、そこに、村の子供たちがいた。
こちらを覗いていたらしい。
目が合うと、驚いたように散っていく。
胸の奥に、言いようのない居心地の悪さが残った。
(……歓迎、されているのよね?)
そう自分に言い聞かせながらも、不安は、消えてはくれなかった。




