表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖環  作者: 北寄 貝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/62

航路を開く - 5

語り:ダリウス・エルネスト

 戦いのあと、俺たちはミレイユを小屋まで運び込んだ。

 漁師たちの手も借り、どうにか全員が身を横たえられるだけの場所を作り、そのまま島で一夜を明かすことになった。

 眠れたのかどうか、自分でもよく分からない。

 気がつけば、空が白み始めていた。

 体を起こし、真っ先にミレイユの様子を確認する。

 浅いが、規則正しい呼吸。顔色も悪くない。

 指輪の力を使った反動については、セラのほうが詳しい。

 彼女に言わせると、力を使い切れば似たような状態になるらしい。


「一晩、ちゃんと休めば……たぶん大丈夫。」


 そう言われて、ようやく胸の奥の重石が少しだけ軽くなった。


 小屋の中を見回す。

 漁師たちは、疲れ切った様子でまだ眠っている。

 だが――セラの姿がない。

 嫌な予感がして、外に出た。

 夜明け前の空気は冷たく、肌寒い。

 小屋の外に回ると、岩場の先、海を見下ろす場所に人影があった。

 セラだ。

 近づくと、彼女は気配に気づいたらしく、振り返った。

「早起きだな。」

「……寝られなかった。」

 短い答え。

 その声だけで、昨日の出来事がどれほど堪えたかが分かる。

(ミレイユのことか)

 あの光景を、セラが平然と受け止められるはずがない。

 彼女は海を見つめたまま、ぽつりと言った。

「私が倒れて、アストリア港の宿屋で目を覚ましたとき……

 ミレイユがね、鯛のスープを作ってくれたの。」

 意外な話だった。

「すごくおいしくて……あれで、ずいぶん元気が出た。」

 セラは自分の手を見下ろす。

「だから、今度は私が。

 ミレイユが目を覚ましたら、何か温かいものをあげたくて……魚を探してるの。」

 手ぶらだな、と思って口にした。

「釣り竿は?」

 セラは、何でもないことのように右手を振る。

 黒い影が現れ、鵺が姿を取った。

「獲ってきてもらえばいいかなって。」


 ……聖環の使い方として、どうなんだろうな。

 そんな考えが頭をよぎる。


 ふと足元を見ると、岩の隙間に張り付いた黒い塊が目に入った。

「魚もいいが……これも、うまいぞ。」

「え……?」

 セラは岩に張り付いたそれを見て、眉をひそめた。

「それ……食べ物なの?

 どう見ても、何かの生き物が固まってるようにしか見えないんだけど。」

「疑うなら、漁師に聞いてみろ。」

 納得したとは言いがたい表情だったが、セラは鵺を引っ込め、岩場にしゃがみ込んだ。

 俺も隣に腰を下ろし、カメノテを剥がし始める。


 しばらく、波の音だけが続いた。


 やがて、セラがぽつりと口を開く。

「……自分のせいで、誰かが傷つくのって、やるせないわ。」

 手を止めずに、続ける。

「戦えないミレイユが、自分の身も顧みずに……

 もし、私の代わりに死んでたらって考えると……。」

 言葉が途切れた。

 俺も、黙って貝を剥き続ける。

「守るのは……本来、俺の役目だ。」

 気づけば、そんな言葉が漏れていた。

「無力さを突きつけられると、自分が何者なのか分からなくなる。」

 セラは首を振った。

「私の命に、犠牲はいらないのよ。

 ミレイユはもちろん……ダリウスも。」

 その言葉で、思い出す。

 アルビオン島で襲撃を受けたとき、彼女は同じことを言っていた。

 セラは、こちらを見た。

「ねえ。

 戦場で、部下が犠牲になるとき……隊長って、どんな気持ちになるの?」

 少し考えてから答える。

「勝ち戦でも、負け戦でも……犠牲のない戦はない。

 だから、最後は運だと割り切るしかない。」

「……ずいぶん、乱暴なのね。」

「訓練や作戦で、生存率を上げることはできる。

 だが、突き詰めれば、それぞれの運だと考えないと……

 騎士や戦士は、やっていけない。」

 セラは少し考え込み、やがて言った。

「じゃあ……ミレイユは、運よく無事でよかった、って考えるべき?」

「それもある。」

 俺は頷く。

「だが、それだけじゃ足りない。

 俺たちは、ミレイユのおかげで助かった。

 その事実に、感謝して……反省するしかない。」

 セラは、小さく息を吐いた。

「……じゃあ、感謝と反省の意を込めて……」

 手にしたカメノテを見つめる。

「この、不気味な貝を、せっせと集めますか。」

 俺は苦笑した。

「お礼は、ちゃんとしなくちゃな。」


 夜明けの海は、静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ