村の危機 - 7
語り:ミレイユ・カロ
ウェアウルフ――ラドは、転がるヤンの遺体をしばらく見下ろしていた。
その横顔には、怒りも悲しみも浮かんでいない。
ただ、どこか遠い場所を見ているような、乾いた静けさだけがあった。
「……気に入らねぇ。」
低く洩れたその声には、苛立ちよりも古い疲労が滲んでいた。
セラが一歩、慎重に前へ出る。
「ラド……あなたたちの“魔化の指輪”って、何なの?
どうして彼はああなって、あなたも……。」
ラドは、こちらを見ることもなく答えた。
「答える義理はねぇよ。」
その一言だけで会話を切り捨てた。
拒絶、というより、触れてくるなとでも言いたげだった。
(……まるで壁みたいな返事)
セラもそれ以上は追及しなかった。
ラドは視線をヤンから離さぬまま、静かに言った。
「俺たちグリーヴは、生まれたときから石ころみてぇな扱いだ。
働けば盗人扱い、戦場に出りゃ外道扱い。
どれほど血を流しても、誰も数に入れねぇ。」
その声音には怒鳴りも嘆きもなく、ただ淡々とした事実だけが並ぶ。
だからこそ、胸の奥に重く沈んだ。
「それでも仲間がいりゃ、生きていけると思ってた。
同じ血を背負って、同じ道を歩ける。それだけが誇りだった。」
セラもダリウスも、息を呑んだまま何も言えない。
「帝国の傭兵として戦った。
俺も、ヤンも、仲間も、命を張った。
死なねぇ方がおかしい戦場だった。」
ラドは鼻で笑った。
「でも負けたらよ、帝国は俺たちを切り捨てた。
給料も、帰る場所も、なーんにもねぇ。」
私の背後で村人たちが息を呑む気配がした。
「だったら奪うしかねぇだろう。
最初から帝国は、俺たちを人間扱いなんざしてねぇんだからよ。」
ラドがセラとダリウスへ向き直る。
「だから、この村ひとつくらい、俺たちが取ったって困りゃしねぇ。
どいつもこいつも、グリーヴの痛みなんざ気にも留めねぇ連中だ。」
セラが眉を寄せる。
「本気で言ってるの?
この村を襲う理由にはならないわ。
あなたの不満を、何も知らない村人にぶつけるなんて……それは違う。」
「違わねぇよ。」
ラドはゆっくりと首を振った。
「誰も守ってくれねぇなら、自分で守るしかねぇ。
だから仲間が生きられる場所を奪う。
それだけだ。」
彼の声は静かで、理性的ですらあった。
怒りに飲まれたわけでも、破綻したわけでもない。
ただ彼自身の“正しさ”に従っているだけだった。
そして、ようやくヤンから目を離し、セラとダリウスへ視線を向けた。
「だがよ。ヤンの終わり方は気に入らねぇ。
ヤンだけじゃねぇ……どいつもこいつも……こんなゴミクズみてぇな終わりじゃ浮かばれねえ。
誇れるものを一つぐらい手向けてやるのが隊長の務めだと思わねぇか?」
(仲間としての誇り。
それが最後まで、ラドを動かしている……)
彼は地を踏み、姿勢を低くした。
爪が土をえぐり、空気がわずかに震える。
「だから戦う。
お前らがどう思おうと関係ねぇ。
俺のやり方で、この落とし前をつける。」
その瞬間、ラドの体が揺らぎ、風が割れた。
セラとダリウスへ向けて、一直線に跳びかかる。




