村の危機 - 6
語り:ミレイユ・カロ
ミノタウロスが突然、頭を押さえてうめき声を上げた。
まるで頭蓋の内側を焼かれているかのように身をよじる。
「ぐ、ああああっ……!」
その身体から、黒い煙のようなものが漏れ出した。
熱気とも冷気ともつかない、不気味なものだった。
(……あれは、何?)
私の少し後ろでは、村人たちが怯えながら身を寄せ合っている。
セラとダリウスは、戦場の中央近くに立っていた。
その少し手前で、鵺とウェアウルフが高速で交錯している。
ミノタウロスは暴れ出した。
足元に転がっていたグリーヴの男の上へ、狂ったように踏み下ろす。
「やめ――。」
短い悲鳴は、骨の砕ける音にかき消された。
見ているだけで、胸の奥が凍りつく。
もう一人、眩暈の風で倒れていたグリーヴの男が、必死に這いながら叫んだ。
「ラド隊長! 助け……助けてくれ!」
ウェアウルフ――ラドは、ミノタウロスに向けて牙を剥いた。
次の瞬間、唸り声とともにミノタウロスの胴を蹴り飛ばす。
その勢いのまま、倒れている男を片手でむしり掴むと、教会の扉に向けて放り投げた。
「中で震えてろ!」
血と土が舞う。
ミノタウロスはなお暴れ続け、身体のあちこちから漏れていた黒煙が弾けるように霧散した。
その直後――ぴたりと動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げる。
口角を、不気味に持ち上げて。
「……隊長さん。」
おどけたような声音に、背筋が粟立った。
ウェアウルフが目を細める。
「ヤン……なのか?」
「はい? どうしました、隊長さん。」
ミノタウロス――いや、ヤンは嘲るように肩をすくめた。
その場違いな仕草が、かえって恐ろしく見える。
「テメェ……仲間殺しがどうなるか、わかってんだろうな。」
ラドの声が低く震えた。
怒りというより、苛立ちと困惑が混じった響きだった。
だがヤンは笑った。
「そんなのどうでもいいでしょう?」
ヤンは肩を揺らして笑った。
「だって俺たちは魔物ですよ。魔物らしく、この辺の人間……まとめてぶっ殺そうぜ?」
「何だと?」
ラドの瞳が揺れる。
怒りか、戸惑いか、それとも恐怖か――判別がつかない。
「おっと。お前は違ったな、隊長さん。」
ヤンは首を傾けてニヤつく。
「じゃあさ――俺様に指図すんなよ。生意気なんだよ。」
言い終えると同時に、ミノタウロスが飛び出した。
恐ろしく速い。さっきまでの鈍重さが消えている。
ウェアウルフが迎え撃ち、振り下ろされた斧を腕で受け流す。
続く連撃はすべて拳だった。
ミノタウロスの力が跳ね上がっているのか、ウェアウルフはガードと身のひねりでしのぐのが精一杯に見えた。
「ヤン! どうしちまった……!」
怒号が交錯し、地面がえぐれる。
ウェアウルフは腕で受け、肩をそらし、頭を振ってかわす。
しのいでいる――が、押されているのは明らかだった。
気づけば、ダリウスがセラのそばに立っていた。
いつ動いたのか、私はまったく気づけなかった。
「セラ、見ただろう。鈍重さが消えている。」
「ええ。同士討ちは大歓迎だけど……今の力は危険ね。さっきと全然違う。」
セラの額には汗がにじみ、鵺も荒い呼吸をしていた。
「どっちが勝った方がいい?」
ダリウスの問いは冷静だった。
「ウェアウルフ相手は私と鵺しか無理。でもミノタウロス相手なら、あなたも動ける余地がある。」
「俺もそう思っていた。」
その直後、ウェアウルフがミノタウロスの拳を受け止め――
ガードごと吹き飛ばされた。
「気に入らねぇ……!」
吠え声が轟き、ウェアウルフはこちらへ向けて走り出した。
なぜ――? 私には理解できなかった。
足首が固まってしまい、後ろへ下がることすらできなかった。
「なっ……こっちに来る!?」
「構えろ!」
セラとダリウスが身構える。
だが、ウェアウルフは手前で跳躍し、二人を飛び越えた。
着地すると、ミノタウロスとの直線上に二人を置くよう位置を取る。
「俺に協力しろォ!
さもねぇと後ろの連中をまとめて殺すぞ!」
(……私たちのこと!?)
村人たちが息を呑んだ。
「最っ低ね!」
セラが吐き捨てる。
「……仕方ない。」
ダリウスが剣を構える。
ミノタウロスが突進してくる。
鵺が影のように走り出し、巨体の前を翻って視界を乱す。
ダリウスは即座に右側へ回り込む。
斧が横薙ぎに振るわれ、空気が悲鳴を上げるほどの風圧が走った。
「――っ!」
ダリウスの剣が弾き飛ばされ、土へ突き刺さる。
ダリウスの手は衝撃で震え、数歩よろめいた。
「ダリウス!」
セラが叫ぶ。
スリングの石が唸りを上げ、ミノタウロスの顔面へ叩き込まれた。
顎が跳ね上がる。
その顎の下へ――ウェアウルフが飛び込んだ。
喉元へ牙を突き立て、そのまま肉ごと噛み裂く。
「グァアアアアッ!!」
ミノタウロスが狂ったようにウェアウルフを殴りつける。
だが離れない。
むしろ深く食い込んでいく。
ダリウスが弾き飛ばされた剣を拾い、走った。
右手側へ回り込み、一息に振り下ろす。
魔化の指輪を嵌めた右手首が、血飛沫とともに宙を舞った。
「ガ、アアアアア――!」
断末魔の叫びとともに、ミノタウロスの巨大な体が崩れ落ちる。
肉が収縮し、骨がねじれ、人間の姿へ戻っていった。
ウェアウルフが喉から牙を離す。
口元が赤く濡れ、荒い息を吐きながら、転がっているヤンの死体をじっと見つめていた。
(ミノタウロスは倒れた……でも……)
胸の奥がざわつく。
あのウェアウルフが、このまま大人しくするとは思えなかった。
(次は――こっちだ)
私は息をのみ、足をすくませたまま動けなかった。




