表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖環  作者: 北寄 貝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/62

村の危機 - 4

語り:ミレイユ・カロ

教会前に、巨体が飛び出してきた。

土を裂くような踏み込みとともに放たれた咆哮が、腹の底まで震わせる。


(魔化? 本当に魔物になるの?)


考える暇もない。魔物はまっすぐダリウスへ突進した。


ダリウスは反射の速さで弓を引き、矢を放つ。

鋭い弦音とともに矢が胸へ深く刺さり、そのすぐ横を、セラのスリングが駆け抜ける。

石は額に的確に命中し、巨体が揺らいだ。

その影の下を鵺が駆け抜け、鉤爪で脇腹を裂く。

赤黒い血が陽光を弾いた。


だが、巨躯は怯むどころか怒気を増していた。

呻き声を漏らしながら突進し、手にした斧を高く掲げる。


「っ――!」


斧が振り下ろされた瞬間、空気が押し潰されたような圧が走った。

地面が砕け、砂塵が弾ける。

もし、あれが一瞬でも遅ければ、ダリウスの身体は今ごろ、地に縫い付けられていただろう。


彼自身もその事実を悟ったらしい。

瞳の奥に、はっきりと恐怖が浮かんでいた。

ほんの刹那、息を呑んだまま動きが止まった。


(ダリウスが……震えるほどの速さ……)


しかしその後、追いすがる巨体の脚を見た瞬間、私は違和感を覚えた。

(体が……重い? 斧は速いのに、走ると妙に遅く見える。

 方向を変えるたび、あの巨体がぐらりと揺れている……)


ダリウスも同じことに気づいたようだった。

後退しながら、セラへ声を投げる。

「セラ! 距離を取って撃ち続けろ! あいつ、脚が鈍い!」

「わかった!」

セラは素早く間合いを取り、再びスリングを構える。

その前を、鵺が低く走り抜けた。

ミノタウロスの視界に鵺が入り込むたび、ミノタウロスはわずかに顔をそちらへ向け、動きが乱れる。

鵺はさらに反対側へ回り込み、跳ねるように移動して巨体の注意を散らした。


(当てやすくしてる……)


矢と石が次々と巨体を叩くたび、「ギャッ」「グワッ」と苦鳴が上がる。

それでも怪物の視線は、ただ執念深くダリウスだけを追い続けていた。

そして――倒れていた仲間の死体に手を伸ばした。


「まさか……!」


巨腕が死体を掴み上げ、躊躇なく放り投げる。

空を裂く音。重みと速度が混ざった、嫌な唸りが耳を打つ。


「来るぞ!」


ダリウスが身を翻すと、死体はその背をかすめて飛び、そのまま教会の窓を粉砕して中へ消えた。


割れたガラスが陽光を反射し、散っていく。

直後、教会の扉が乱暴に開いた。


「おい、何だ今の音は!」

「ちょっ、ま……あれ、ヤンじゃねぇのか!? こいつはまずいぞ……!」

三人のグリーヴが飛び出し、怪物の姿を見た瞬間に顔色を変えた。

「ラド隊長ーっ! ヤンが……例の牛みてぇのになって暴れてます!!」


奥から、男が一人ゆっくりと姿を現した。

陽光の下でも、顔の輪郭のどこかが歪んだように見える。

笑っているのか、怒っているのか、判別できない奇妙な表情だった。


ラドとよばれた男。

彼は周囲をざっと見回し、低く吐き捨てた。

「……気に入らねぇ。」

その一言で、手下たちは背筋を伸ばす。

ラドは顎をしゃくった。

「あいつら、やっちまえ。」

「は、はい……でも……あの変な化物、何だよ……。」

鵺を見た瞬間、三人の足がすくんだ。


混乱の中、ダリウスが叫ぶ。

「セラ! ミノタウロスは俺が引き受ける!

 そっちの連中は頼んだ!」

「わかった!」


セラが風の精を呼ぶように腕を伸ばすと、空気が唸った。

「吹け! 私の風!」


つむじ風がグリーヴ四人を包む。

三人がふらつき、呻きながら地面へ転がった。

本当に船酔いにでもかかったような有様だ。

ただ一人、ラドだけが、まるで風など吹かなかったかのように微動だにしなかった。


(効いていない……確か、魔法を帯びていると効かないんだっけ?)


ラドは地に伏した手下たちを見下ろし、つまらなそうに呟く。

「……気に入らねぇ。」

「気に入らねぇなぁ……。」

「ほんっと、気に入らねぇ……!」

三度繰り返すごとに声音が歪み、狂気が濃くなっていく。

そして荒々しく手を掲げた。


「――魔化!」


指輪が激しく輝き、ラドの身体が膨張し、裂けた。

骨が変形し、筋肉が盛り上がり、毛が噴き出す。


狼――いや、獣そのもの。

ウェアウルフと化したラドが、唸り声を響かせた。

「全員……噛み殺してやる。」


言葉と同時に、鵺がセラの前へ飛び出した。

青黒の鵺と濃灰のウェアウルフが、閃光のように交錯した。

鉤爪が閃き、互いの身体を切り裂く。

鵺の傷が、セラの胸元へ鈍い痛みとなって跳ね返った。


「っ……!」


セラが胸を押さえて膝をつく。

私は思わず駆け寄りそうになった。

「速い……。」

セラが震える声で漏らす。


だが、私には二匹の動きがほとんど見えなかった。

ただ、影と影がぶつかりあい、形を変えているようにしか――

それほどまでに、速すぎたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ