村の危機 - 3
語り:ミレイユ・カロ
村の入口が見えた頃には、馬車の揺れがやたらと静かに思えた。
ぽつぽつと点在する木造の家々、そして奥に見える小さな鐘楼つきの教会。
その屋根の上から、細い煙がわずかに漂っている。
(……まだ、来ていない?)
シメオンが手綱を引くと、馬車は村の中央でゆっくりと止まった。
しんと静まり返っていた集落の扉という扉が、私たちを見つけた途端に――
「ミラ!」
「レア……レアなのか!?」
それぞれの両親が、泣きながら家から飛び出してきた。
「お、お母さん……っ!!」
「お父さん……っ!」
二人は馬車から転げ落ちるように飛び降り、そのまま両親に抱きついて声をあげて泣いた。
家の影に潜んでいた村人たちも次々と姿を現し、安堵と混乱の入り混じったざわめきが広がっていく。
初老の男――村長と思しき人物が、震える歩幅でシメオンに近づいた。
「シメオン……いったい、どうしたのだ。
無事に帰ってきたのは喜ばしいが……娘たちは……そして、その者たちは……?」
シメオンは深く頭を下げ、これまでの道中で起きたことを丁寧に語った。
グリーヴの二人に見つかったこと、セラとダリウスに助けられたこと――。
話を聞き終えた村長は、蒼ざめた顔で空を仰いだ。
「やはり……さきほど、例の暴漢が村に来たのだ。
“筋を通さねぇなら村ごと殺す……覚悟しとけ!”と喚き散らして……
そのまま教会へ戻っていった。
恐ろしくて、誰も動けなかった。」
村人たちは恐怖に小さく震え、誰もが教会の屋根を見つめている。
シメオンが一歩前に出て、セラとダリウスを紹介した。
「村長。
こちらのお三方は……村をもお救いくださる、と仰せくださいました。」
「村を……救う、だと?」
村長はセラとダリウスを見比べ、信じられないというように眉を寄せた。
「あのミノタウロス相手に勝てるのか……?」
だが、セラもダリウスも、村長の視線に応じることすらせず――
ただ、教会を見据えて歩き始めた。
(どうして……二人とも、怖くないの……?
私には、足が震えて仕方ないのに)
私は慌てて後を追う。
ダリウスは歩きながら弓を取り、弦の張り具合を確かめる。
セラはスリングに石をつまみ、軽く回して調子を見る。
二人の仕草には、不思議な落ち着きがあった。
(怖いのに……なんで、こんなに綺麗なんだろう……)
教会まで五十メートルほどの距離になったとき、扉の奥から四人のグリーヴが姿を現した。
汚れた皮鎧に、荒んだ気配が遠目にもはっきりと伝わる。
「あいつらだ! ユルをやりやがった連中だ!!」
先ほどセラに顔を蹴られたグリーブが叫んでいる。
そうするとユルとは、ダリウスが切り捨てたグリーブだろう。
四人が剣や斧を構え、早足でにじり寄ってくる。
だが、セラとダリウスは歩みを止めない。
むしろ、すい、と加速して距離を詰めた。
その瞬間――
ダリウスが弓を引く。
矢は視界から消えるほどの速さで飛び、グリーヴの胸をばつんと貫いた。
「ぐっ……!」
倒れる音も聞こえないほど、静かな射撃だった。
(今の、見えなかった……)
続けざまに、二射目。
もう一人のグリーヴが崩れ落ちる。
「ひっ……!」
残った二人は明らかに怯え、足を止めた。
だが、セラとダリウスは止まらない。
そのまま、真っすぐに歩いていく。
「や、やべぇ……!」
「ま、待て……いったん下が――」
ダリウスの三射目。
残ったグリーヴの一人が、反射的に仲間の腕を掴んだ。
「お、おい何す――」
ずるり、と自分の前に引きずり出し、
生きた盾にする。
――ひゅっ。
次の瞬間、盾にされた男が、喉元を押さえて崩れ落ちた。
(今のも、矢筋なんて見えなかった……)
最後に残された、盾にした側のグリーヴが後ずさる。
「あ……あああ……お、お前ら……なんなんだ……!」
恐怖で顔を歪めながら、最後のグリーヴが手を掲げて叫んだ。
「ぶっ殺してやる!魔化!!」
次の瞬間――
手にした指輪が輝き、彼の身体が、みるみる膨れ上がった。
角、獣の腕、蹄。
皮膚が裂け、筋肉が盛り上がり、牛の頭を持つ化け物へと形を変えていく。
(ミノタウロス……!)
村人を絶望させた存在が目の前にいた。
「ぶっ殺す……!!」
鼻息を荒くし、地面を削る。
ミノタウロスが地を踏み鳴らす。
空気が重く沈む。
その中心に、ただ一人、セラが立っていた。
(怖いはずなのに……どうして、あんなふうに前を向けるの……)
セラは一歩前へ進み、風を吸い込むように、両手を広げた。
「――来い! 私の風!!」
地面の砂が舞い、空気がひずみ、つむじ風が巻き起こる。
たちまち竜巻となり、内側で何かが形を結ぶ。
そして、はじけるように霧散した瞬間。
「ギャアァァァァ!!!」
虎の腕、猿の頭、蛇の尾――
鵺が、その中心に立っていた。
「ぶっ殺す!!!」
ミノタウロスが鼻息を荒くし、手にした斧を振り上げ、地を割る勢いで突進してくる。




