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聖環  作者: 北寄 貝


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息子の仇 - 4

語り:ミレイユ・カロ

黒い塊――大ムカデがダリウスに覆いかぶさった瞬間、セラは顔色を失って叫んだ。

「鵺ッ……来て!!」


地面が震え、砂が舞い上がる。

足元からつむじ風が巻き起こり、それが渦を描いて細い竜巻となった。

そして竜巻を引き裂くようにして鵺が渦の中から現れた。


鵺は咆哮とともにダリウスへ向かって走り出す。

小川を飛び越えようとした、その瞬間――


水面が爆ぜた。


ガバァッ!


小川の中から突然現れたもう一匹の大ムカデが鵺の虎の脚に巻き付き、その牙を突き立てた。


ガチィッ!!


毒牙が深々と食い込み、鵺が悲鳴を上げる。

「ギャアアアアアアアアアアッ!!」

「きゃああああああああああッ!!」

同時に、セラもまったく同じ悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。

鵺と痛覚を共有しているため、その痛みがそのまま彼女の身体を貫いたのだ。


(ムカデの毒……! セラ様まで……!)


鵺は苦しげに身をよじり、大ムカデの頭を地面へ叩きつけて潰すと、そのまま巻き付いた胴を引き裂くように振り払った。

しかし脚が震え、その場に倒れ込んだ。

セラもまた、苦痛に悶え、呼吸もできぬほどに身体を震わせている。


反対側では、ダリウスが自分に巻きついた大ムカデの顎を必死に押し返していた。

「だ、誰か……!

 この頭を……跳ね飛ばして……くれ……ッ!」

しかし、小川を隔てた兵士たちはいまだ船酔いのような症状から立ち直れず、助けようとする意思は見せても、身体が動かない。

「くそ……足が……!」

「目が回る……!」


そんな中、水夫の一人が枝を捨てて叫んだ。

「俺が行く!!」

彼が踏み出したそのとき――

小川の水面がもう一度、大きく割れた。


「来やがった!! また一匹……!!」

「三匹目じゃねぇか、何匹いるんだ!!」


さらにもう一匹の大ムカデが、水飛沫を上げて水夫たちへ迫る。


「くるなッ!!」

「デカすぎるだろ……!」


水夫たちは枝や石で必死に牽制し、クラリスは短剣で応戦するが、噛まれるのを恐れて深く踏み込めず、ただ守るので精一杯だった。


(このままじゃ……本当に……全滅してしまう……!

 セラ様も、鵺も……!)


焦りで胸が潰れそうだったその時、ひらめいた。

「クラリスさん……!

 その腕輪……わ、私でも使えますか!?」


クラリスは驚きながらも、すぐに頷いた。

「使える!

 相手を癒したいって強く願えば……誰でも……!」

「貸してください!

 セラ様を助けたいんです!」

「……分かった!」

クラリスは腕輪を外し、私に押し付けた。

「手をかざして、“癒したい”と願うの。

 それだけで光が動く!」

私はセラのそばに膝をつき、震える手を伸ばした。

「セラ様……どうか……戻ってきて……!」


手のひらが触れそうな距離で、腕輪が光を放つ。


(……黒い……?)


セラの身体の奥に、黒い靄のようなものが渦巻いているのが見えた。

毒。痛み。苦しみの影。


(これを……消すんだ……!)


私はただひたすら願った。


(どうか……消えて……!

 どうか……助かって……!)


ぐん、と力が吸われ、意識が遠のきかける。

それでも手をかざし続ける。


靄が少しずつ薄くなり、やがて光の中で完全に消えた。


「っ……はぁ……!」

セラが大きく息を吸い、目を見開いた。

「セラ様!!」

「ミレ、イユ……?」

声が戻った。それだけで涙が出そうだった。


セラは鵺へ手を伸ばし、急いで命じる。

「鵺……動いて……!」


鵺の瞳に光が宿り、跳ねるように立ち上がる。

そして迫りくる大ムカデへ向き直り、鋭い一撃を叩き込んだ。

鉤爪が大ムカデの首元を鋭く叩き割り、砕くようにして屠った。


(よかった……!

 でも……ダリウスさんは……!?)


私は息を呑み、ダリウスへ視線を向けた。


彼はまだ大ムカデの顎を押し返していた。

今にも噛まれる――その瞬間。


「うおおおおおおおッ!!」


キアが、狂ったように大ムカデへ飛び込んだ。

横から頭を抱え込み、ダリウスから引きはがす。


「離れろォ!!」


大ムカデがキアの腹を食い破り、毒牙が背中まで貫通する。


「――っ!!」


さらに首元へと噛み込み、その身体が激しく痙攣した。


「キア!!」


水夫の叫びが震える。


拘束が解けたダリウスは、すぐに短剣を構えた。

「はあああああああッ!!」

大ムカデの頭へ刃を突き立て、外骨格が砕ける鈍い音とともに押し切った。


ズンッ。


黒い巨体が沈黙する。


キアは……動かなかった。


風も小川の音も耳に届かないほどの静寂が落ちた。


この場にいた誰もが、その光景にどうしようもない後味の悪さを感じていた。

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