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聖環  作者: 北寄 貝


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34/62

息子の仇 - 3

語り:ミレイユ・カロ

風が収まり、森のざわめきが戻ってきた。

小川の向こうで倒れ込んでいるのは、兵士と馬とロバ。

その中でキアは、頭を抱えて呻いている。


呆然としていたクラリスへ、セラが声をかけた。

「クラリスさん。

 あなたの、お連れの二人は癒せますか?」


クラリスははっと我に返り、二人の仲間を見やった。

ひとりは四つん這いで嘔吐し、もうひとりは木にもたれて青い顔で震えている。

「癒せます。

 でも……逃げるのに体力を使ってしまって……この二人で精いっぱいです。」

「お願いします。」


セラが静かに頼むと、クラリスは頷き、腕輪にそっと触れた。

光が二人の水夫を包み、荒い呼吸がゆっくり整っていく。


(やっぱり、この力……すごい)


光が消えると、彼らはなんとか立ち上がれるほどには回復していた。


だが次の瞬間、その目には怒りの火が灯る。

「キア! 仲間を売りやがって!」

「てめぇ、船乗りの恥だぞ!」

小川へ踏み出そうとする二人を、クラリスが慌てて押しとどめた。

「やめなさい! いまはそんな場合じゃない!」

しかし、彼らの怒りは収まらない。

「クラリス、止めないでくれ!

 船乗りはな、互いに命を預け合う仲だ!」

水夫の一人がダリウスに向き直って言う。

「なぁ兄ちゃん。

 仲間を海で裏切った奴がどうなるか……知ってるか?」

「……いや、知らない。」

「海のど真ん中に落とすんだよ。

 二度と這い上がれねぇ場所にな。」

もう一人がキアを睨みつけ、吐き捨てた。

「あいつも分かってんだよ……。

 裏切ったら、どうなるか……!」


彼らが小川を跳び越えようとした瞬間、ダリウスが短剣を持ったまま前へ出た。

「私が行く。」

ひらりと小川を飛び越え、キアの前に立つ。


「ダリウスさん!」

「待ってください!」


私とセラの声は届かない。


キアは地面に手をつき、震える声で叫んだ。

「殺せよ……! 息子を殺されたんだ……!

 もう生きていたって仕方ねぇ……!

 どうせなら、あの娘を道連れに……!」


セラの顔が、影が差したように沈む。


ダリウスは短剣を下ろし、静かに問いかけた。

「本当に……セラ様が、息子を殺したと思うのか?」

「思うに決まってるだろ!

 あの娘が自分でそう言ったじゃないか……!」


「では聞く。」

ダリウスの声は鋭かった。

「なぜ息子はセラ様に殺された?

 そもそも、なぜ息子とセラ様は戦った?」

「うるさい……! 黙れ……!」

「誰かが、息子が殺される状況に仕向けたと、なぜ考えない!」

「黙れぇぇ!!」

キアは耳を塞ぎ、地面に頭を押し付けた。


そのやりとりを見ていたセラが、か細い声で言った。

「……もう、いいです。」

その声は震えていたが、不思議と強かった。


ダリウスが振り返ると、セラは首を振った。

「息子を亡くした方を……責めないでください。

 理由がどうであれ、その痛みは本物です。」


怒っていた水夫の二人も、その言葉に息を呑んだ。


静寂が落ちる。


やがて、ダリウスは兵たちの方へ向き直った。

「この隊の隊長は誰だ?」


地に伏していた兵の一人が、顔を上げる。

「……私だ。名はヨーク。」


「ヨーク。

 追ってきても無駄だと分かっただろう。

 キアを連れて帰ってくれ。」


ヨークはしばらくダリウスを見つめ、頷いた。

「……そのように、させてもら――」


その瞬間だった。

黒いものが木の葉を巻き込みながら、ダリウスの下にぼとりと落ちてきた。


「――っ!?」

ダリウスの頭上から落ちてきたのは、体長三メートルはあろうかという、黒光りする大ムカデ。

無数の脚がダリウスの体へ素早く巻きつき、顎が開いて毒牙が首元に迫る。

「ぐっ……!」

ダリウスは短剣の剣身で大ムカデの押しとどめる。


「ダリウスさん!!」

「きゃあっ!」


私たちの叫びが、森に響いた。

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