息子の仇 - 3
語り:ミレイユ・カロ
風が収まり、森のざわめきが戻ってきた。
小川の向こうで倒れ込んでいるのは、兵士と馬とロバ。
その中でキアは、頭を抱えて呻いている。
呆然としていたクラリスへ、セラが声をかけた。
「クラリスさん。
あなたの、お連れの二人は癒せますか?」
クラリスははっと我に返り、二人の仲間を見やった。
ひとりは四つん這いで嘔吐し、もうひとりは木にもたれて青い顔で震えている。
「癒せます。
でも……逃げるのに体力を使ってしまって……この二人で精いっぱいです。」
「お願いします。」
セラが静かに頼むと、クラリスは頷き、腕輪にそっと触れた。
光が二人の水夫を包み、荒い呼吸がゆっくり整っていく。
(やっぱり、この力……すごい)
光が消えると、彼らはなんとか立ち上がれるほどには回復していた。
だが次の瞬間、その目には怒りの火が灯る。
「キア! 仲間を売りやがって!」
「てめぇ、船乗りの恥だぞ!」
小川へ踏み出そうとする二人を、クラリスが慌てて押しとどめた。
「やめなさい! いまはそんな場合じゃない!」
しかし、彼らの怒りは収まらない。
「クラリス、止めないでくれ!
船乗りはな、互いに命を預け合う仲だ!」
水夫の一人がダリウスに向き直って言う。
「なぁ兄ちゃん。
仲間を海で裏切った奴がどうなるか……知ってるか?」
「……いや、知らない。」
「海のど真ん中に落とすんだよ。
二度と這い上がれねぇ場所にな。」
もう一人がキアを睨みつけ、吐き捨てた。
「あいつも分かってんだよ……。
裏切ったら、どうなるか……!」
彼らが小川を跳び越えようとした瞬間、ダリウスが短剣を持ったまま前へ出た。
「私が行く。」
ひらりと小川を飛び越え、キアの前に立つ。
「ダリウスさん!」
「待ってください!」
私とセラの声は届かない。
キアは地面に手をつき、震える声で叫んだ。
「殺せよ……! 息子を殺されたんだ……!
もう生きていたって仕方ねぇ……!
どうせなら、あの娘を道連れに……!」
セラの顔が、影が差したように沈む。
ダリウスは短剣を下ろし、静かに問いかけた。
「本当に……セラ様が、息子を殺したと思うのか?」
「思うに決まってるだろ!
あの娘が自分でそう言ったじゃないか……!」
「では聞く。」
ダリウスの声は鋭かった。
「なぜ息子はセラ様に殺された?
そもそも、なぜ息子とセラ様は戦った?」
「うるさい……! 黙れ……!」
「誰かが、息子が殺される状況に仕向けたと、なぜ考えない!」
「黙れぇぇ!!」
キアは耳を塞ぎ、地面に頭を押し付けた。
そのやりとりを見ていたセラが、か細い声で言った。
「……もう、いいです。」
その声は震えていたが、不思議と強かった。
ダリウスが振り返ると、セラは首を振った。
「息子を亡くした方を……責めないでください。
理由がどうであれ、その痛みは本物です。」
怒っていた水夫の二人も、その言葉に息を呑んだ。
静寂が落ちる。
やがて、ダリウスは兵たちの方へ向き直った。
「この隊の隊長は誰だ?」
地に伏していた兵の一人が、顔を上げる。
「……私だ。名はヨーク。」
「ヨーク。
追ってきても無駄だと分かっただろう。
キアを連れて帰ってくれ。」
ヨークはしばらくダリウスを見つめ、頷いた。
「……そのように、させてもら――」
その瞬間だった。
黒いものが木の葉を巻き込みながら、ダリウスの下にぼとりと落ちてきた。
「――っ!?」
ダリウスの頭上から落ちてきたのは、体長三メートルはあろうかという、黒光りする大ムカデ。
無数の脚がダリウスの体へ素早く巻きつき、顎が開いて毒牙が首元に迫る。
「ぐっ……!」
ダリウスは短剣の剣身で大ムカデの押しとどめる。
「ダリウスさん!!」
「きゃあっ!」
私たちの叫びが、森に響いた。




