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聖環  作者: 北寄 貝


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32/63

息子の仇 - 1

語り:ミレイユ・カロ

頬に触れた冷たい空気で、私は目を覚ました。

空はまだ薄暗く、森の影は深く重なっている。

少し身じろぎすると、落ち葉がかさりと鳴った。


近くで、ダリウスが背を伸ばして座っていた。

「……ダリウスさん、もう起きていたのですか?」


声をかけると、彼はゆっくりこちらを向いた。

「はい。というより……眠れませんでした。

 警戒を怠るわけにはいきませんから。」


(……やっぱり……)


恐怖がぶり返しそうになったその時、ダリウスは私の肩がわずかに震えているのに気づいた。

「寒そうですね。火を起こします。

 向こうに小川があります。顔を洗ってくるといい。」

「ありがとうございます……」

そう言うと、彼は手際よく枯れ枝を集め始めた。


そこへ、眠そうに目をこすりながらセラ様が起き上がってきた。

「……ミレイユ……? 朝なの……?」

「セラ様、おはようございます。

 小川に顔を洗いに行きませんか?」

「……うん……」


二人で森の奥の小川へ向かう。

夜明け前の空気は冷たいが、澄んでいて気持ちが良い。

水に手を浸すと、きりりとした冷たさが指先から腕へ広がった。

「セラ様、体調はいかがですか?」

セラは両手で水をすくい、頬を濡らしてから小さく笑った。

「クラリスさんの癒し……すごいね。

 戦ったときの傷も、鵺を使った疲れも……まったく残ってない。

 なんだか、昨日のことじゃないみたい。」

「よかった……本当に……よかったです……」

胸がふっと軽くなった。

セラはちらりと私の髪を見て、くすりと笑った。

「ねぇミレイユ……髪が、すごく跳ねてるよ?」

「えっ……あっ……すみません、すぐ直します……!

 セラ様の髪も、少し整えましょう。」

「お願い。

 ミレイユの手って……なんだか安心するから。」

セラは、少し照れたように視線をそらした。

「……光栄です。」


小川の縁にしゃがみ込み、お互いの髪を整え合う。

指を通すたび、昨夜から胸に溜まっていた硬さが少しずつほぐれていった。

他愛もない言葉をいくつか交わし、水を飲み、ふたりでゆっくりと戻ると、すでに火はぱちぱちと燃えていた。


「戻りました。ダリウスさん、体調は?」

「問題ありません。

 夜通し見張りをしましたが、十分な余力がありました。

 クラリス殿の腕輪の力は、本当に驚くべき効果です。」


セラは火のそばに座り込み、ぽつりと言った。

「……さて、どうしようか。」

セラの声が、小さく森に落ちた。

焚き火がぱち、と静かに音を立てた。


その瞬間――

地面を蹴る複数の足音が、こちらへ向かってくるのが聞こえた。


私たちは反射的に構えを取った。

ダリウスは太い枝を、セラはスリングを手に取る。


胸が一気に締めつけられる。

(また……!?)


足音が迫る。

茂みが激しく揺れ――

飛び出してきた影に、私は息を呑んだ。


「……クラリスさん……!」


クラリスと、昨日の男たちの二人だった。

一瞬緊張が解けたが、その余裕はすぐに消えた。


クラリスの顔は血の気が引いていて、声は切迫していた。

「兵隊たちが来るわ。逃げるのよ!」

「兵隊……ですか!?」

私が思わず声を上げると、男の一人が怒りを押し殺すように叫んだ。

「キアが……俺たちをフランカに売りやがった!!」

「えっ……そんな……」


昨日の彼の焦りを思い出し、胸がざわついた。

しかし、状況は理解している余裕を与えてくれない。


ダリウスはすぐに判断し、私たちへ声をかけた。

「小川の対岸まで行きます! 急いで!」


胸の奥に、ひやりとした緊張が走る。

こうして私たちは、再び逃走を余儀なくされた。

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