息子の仇 - 1
語り:ミレイユ・カロ
頬に触れた冷たい空気で、私は目を覚ました。
空はまだ薄暗く、森の影は深く重なっている。
少し身じろぎすると、落ち葉がかさりと鳴った。
近くで、ダリウスが背を伸ばして座っていた。
「……ダリウスさん、もう起きていたのですか?」
声をかけると、彼はゆっくりこちらを向いた。
「はい。というより……眠れませんでした。
警戒を怠るわけにはいきませんから。」
(……やっぱり……)
恐怖がぶり返しそうになったその時、ダリウスは私の肩がわずかに震えているのに気づいた。
「寒そうですね。火を起こします。
向こうに小川があります。顔を洗ってくるといい。」
「ありがとうございます……」
そう言うと、彼は手際よく枯れ枝を集め始めた。
そこへ、眠そうに目をこすりながらセラ様が起き上がってきた。
「……ミレイユ……? 朝なの……?」
「セラ様、おはようございます。
小川に顔を洗いに行きませんか?」
「……うん……」
二人で森の奥の小川へ向かう。
夜明け前の空気は冷たいが、澄んでいて気持ちが良い。
水に手を浸すと、きりりとした冷たさが指先から腕へ広がった。
「セラ様、体調はいかがですか?」
セラは両手で水をすくい、頬を濡らしてから小さく笑った。
「クラリスさんの癒し……すごいね。
戦ったときの傷も、鵺を使った疲れも……まったく残ってない。
なんだか、昨日のことじゃないみたい。」
「よかった……本当に……よかったです……」
胸がふっと軽くなった。
セラはちらりと私の髪を見て、くすりと笑った。
「ねぇミレイユ……髪が、すごく跳ねてるよ?」
「えっ……あっ……すみません、すぐ直します……!
セラ様の髪も、少し整えましょう。」
「お願い。
ミレイユの手って……なんだか安心するから。」
セラは、少し照れたように視線をそらした。
「……光栄です。」
小川の縁にしゃがみ込み、お互いの髪を整え合う。
指を通すたび、昨夜から胸に溜まっていた硬さが少しずつほぐれていった。
他愛もない言葉をいくつか交わし、水を飲み、ふたりでゆっくりと戻ると、すでに火はぱちぱちと燃えていた。
「戻りました。ダリウスさん、体調は?」
「問題ありません。
夜通し見張りをしましたが、十分な余力がありました。
クラリス殿の腕輪の力は、本当に驚くべき効果です。」
セラは火のそばに座り込み、ぽつりと言った。
「……さて、どうしようか。」
セラの声が、小さく森に落ちた。
焚き火がぱち、と静かに音を立てた。
その瞬間――
地面を蹴る複数の足音が、こちらへ向かってくるのが聞こえた。
私たちは反射的に構えを取った。
ダリウスは太い枝を、セラはスリングを手に取る。
胸が一気に締めつけられる。
(また……!?)
足音が迫る。
茂みが激しく揺れ――
飛び出してきた影に、私は息を呑んだ。
「……クラリスさん……!」
クラリスと、昨日の男たちの二人だった。
一瞬緊張が解けたが、その余裕はすぐに消えた。
クラリスの顔は血の気が引いていて、声は切迫していた。
「兵隊たちが来るわ。逃げるのよ!」
「兵隊……ですか!?」
私が思わず声を上げると、男の一人が怒りを押し殺すように叫んだ。
「キアが……俺たちをフランカに売りやがった!!」
「えっ……そんな……」
昨日の彼の焦りを思い出し、胸がざわついた。
しかし、状況は理解している余裕を与えてくれない。
ダリウスはすぐに判断し、私たちへ声をかけた。
「小川の対岸まで行きます! 急いで!」
胸の奥に、ひやりとした緊張が走る。
こうして私たちは、再び逃走を余儀なくされた。




