森の中 - 4
語り:ミレイユ・カロ
森はすっかり夜に沈み、あたりは闇に抱かれていた。
昼間は温かかった風も、夜にはひどく冷たく感じられる。
けれど、私たちのそばには小さな焚き火があった。
火はダリウスが日が落ちる前に手際よく起こしたものだ。
枝を組み、風の向きを読み、落ち葉をかき寄せて寝床を整え、さらに森の奥から、ウサギまで仕留めてきた。
戦場で生き抜いてきた人の知識と技術は、こんな場所でも頼もしさを失わないのだと、改めて思った。
「ミレイユ殿、これを……」
ダリウスが差し出したウサギを、私は震える手で受け取り、黙々と捌いた。
料理は好きだったし、仕事でも何度もしたことがあるのに、今夜ばかりは手のひらが妙に強張ってしまう。
枝に刺して火のそばへ置くと、脂が落ち、かすかに香りが漂ってきた。
その隣ではセラが座り込んだまま、ずっと指輪を見つめていた。
焚き火の明かりが指輪の表面で揺れ、光が何度も彼女の瞳を照らす。
やがてウサギが焼け、三人で分け合った。
塩も香草もない。
正直、味わう余裕もなかった。
それでも、セラは小さくちぎり、口へ運んでいた。
ただ、誰も話さなかった。
火のはぜる音だけが、静かに夜を埋めていた。
沈黙を破ったのは、セラだった。
「……ごめんなさい……」
その声は、焚き火の光よりも弱かった。
「ミレイユも……ダリウスさんも……
私のせいで……取り返しがつかない迷惑を……
かけてしまった……」
俯いたまま、セラは肩を震わせ始めた。
「キアさんが怒鳴っていたとき……
このまま……殺されてしまった方が……
もう……楽なのかもって……思ってしまって……
そんなこと……考えるなんて……!」
言葉にならない嗚咽が、暗い森の中に落ちた。
胸が締めつけられて、呼吸が苦しくなる。
私は堪えきれず、セラのそばへにじり寄った。
「セラ様……!」
気づけば、その身体を抱きしめていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!
私が弱いから……私が足を引っ張るから……
セラ様ばかりが苦しい思いを……!」
涙が止まらなかった。
セラはいつも、誰より傷つき、誰より戦っているのに、それでも自分を責め続ける。
(どうして……こんな優しい人が……)
焚き火の影が揺れ、二人で泣く私たちをダリウスが静かに見守っていた。
やがて、ダリウスが重い口を開いた。
「……私も……同じだ。」
その声はひどく静かで、ひどく深かった。
「戦場で命を預け合った部下を、自らの手で……殺した。
信じていたエリアスに裏切られ……
私はもはや騎士ではなく、お尋ね者だ。」
言葉がそこで途切れたかに見えたが、ダリウスは焚き火の赤い光をじっと見つめ、一拍置いて続けた。
「そして、何より……悔しいのは……
私に、エリアスを止められるだけの力がなかったことです。
もし力があれば……部下たちも、あなた方も……
こんな不幸に巻き込まれずに済んだ……
私は……何一つ守れなかった……」
その声音は、怒りでも涙でもなく、自分自身へ向けた深い痛恨だった。
沈黙が落ちる。
やがて、セラがゆっくり顔を上げ、焚き火に照らされた指輪へ視線を落とした。
「ダリウス、さん……」
その声は弱かったが、不思議な確かさがあった。
「力があっても……同じです。」
指輪をかすかに撫でながら、セラは続けた。
「どれほど強い力を持っていても……
誰かを必ず守れるわけじゃありません。
今……私が二人を苦しめているように……」
焚き火の光が指輪に反射し、揺れた。
「……この先、どうすればよいのか……
正直、見当もつかない。」
ダリウスの言葉は、三人の胸の奥に同じ重さで沈んでいった。
火の爆ぜる音がひとつ。
そしてダリウスは、ゆっくり言葉を続けた。
「だが、ひとつだけ言える。
三人で、前を向いて協力しなければ……
事態は……好転しない。」
「……好転……?」
セラがまぶたを上げ、弱い声で問う。
「はい。……その……つまり……」
ダリウスは言い淀んだ。
見ていて胸が痛くなるほど、言葉が出なかった。
(好転、なんて……
今は、誰にも答えられない……)
そして三人の間に、長い沈黙が落ちた。
火が静かに揺れ、森の夜が私たちを包む。
その中で私は、ようやく口を開いた。
「もう、今日は……休みましょう。
言葉を交わしても……きっと、心が擦れてしまいます。
眠って……明日の朝、また三人で考えましょう。」
二人とも、小さく頷いた。
ダリウスが火を消すと、森はふたたび闇を取り戻した。
寒さと静けさが押し寄せる。
眠れそうには思えなかったが、目を閉じるほかになす術はなかった。
そうしなければ、心がどこかへこぼれ落ちてしまいそうで。




