森の中 - 1
語り:ミレイユ・カロ
意識が戻ったとき、まず感じたのは湿った土の匂いだった。
次に、自分の下で苦しげに息をする大きな体の温もり。
「ダ、ダリウスさん……! ごめんなさい、重かったですよね!?
セラ様も……本当に……!」
慌てて身を起こすと、ダリウスは首だけこちらへ向け、微かに笑った。
「……二人とも……無事で……よかった……。重いのは問題じゃない……身体が……少し言うことを聞かないだけで……」
明らかに大丈夫ではない声だった。
セラはというと、目を閉じ、肩がわずかに上下している。呼吸は浅く、震えが止まらない。
そんな、限界を越えた疲弊のただ中にいるように見えた。
(動かすのも、危険かも……)
胸がじんわりと締めつけられ、不安が込み上げてくる。
「ミレイユ殿……」
ダリウスが微かに息を整えた声で言った。
「しばらく……この森で身を隠す……それしか……ない……」
「はい……」
セラの体勢を整えようと手を伸ばした――そのとき。
人の気配。
草のこすれ合う音。
誰かがこちらへ向かってくる音。
「ダリウスさん……!」
囁いた瞬間、ダリウスは枝を拾い上げ、身構えた。
その目は、先ほどまで死闘をくぐり抜けていた騎士の目だった。
敵を見抜き、戦況を読む者の視線。
足音は……近づいている。
人数までは分からない。
ただ、複数ということだけが分かる。
ダリウスは地面のそこそこの大きさの石を拾い、力を込めて遠くの茂みに向かって投げた。
ガサァ!
「おい? 誰かいるのか~?」
少し緊張の薄い男の声が聞こえた。
「イノシシでも出たのか~?」
茂みの向こうから三人の男が姿を現した。
服装は旅人風で、武具らしいものは見えない。
ダリウスは私に「静かに」という手ぶりだけを送った。
その直後――
背後でカサッ、と落ち葉が踏まれる音。
気付くのと同時に、ダリウスはもう跳んでいた。
低く、鋭く、音のした方向へ。
ギンッ!
男の持つ短剣が叩き落され、地面へ転がった。
木陰には二人の男が潜んでいた。
「くっ……!」
もう一人が短剣を振り上げる。
ダリウスはその手首の動きを正確に捉え、関節を狙って打ちつけた。
短剣が手からこぼれ落ちる。
「ここだ! 助けてくれ!!」
叫び声が森に響く。
先ほどの三人がこちらへ駆けてくる。
(エリアス様の……追手……?)
喉が急に乾き、手が震える。
ダリウスは落ちた短剣を拾い、一本は自分のものに、もう一本を私へ差し出す。
「ミレイユ殿……これを。いまは、誰の手でも、必要だ。」
「わ、わたし……?!」
短剣が手の中で重く揺れる。
心臓がうるさいほど鳴り、息が浅くなる。
(ダリウスさんでさえ、さっきあんな状態だった……
セラ様も動けない……
私たち……どうなるの……?)
希望が薄れ、身体が震えたとき。
「――やめなさい!」
森の奥から女性の声が鋭く響いた。
私も、男たちも、そしてダリウスも動きを止める。
木々の影から、ローブをまとった女性 が姿を現した。
その眼差しは真っ直ぐで、鋭い声に似合わぬ静かな気配をまとっていた。
(誰……?
味方? それとも……)
森の空気が、冷たく張り詰めた。




