風と火 - 4
語り:ダリウス・エルネスト
鵺と悪魔が空気を裂くようにぶつかり合い、石床が震える。
異形の化物と炎の化生――その衝突は音より早く“衝撃”で伝わった。
鵺が跳び、悪魔が鉤爪を振るい、空中で激突する。
(……互角……!)
両者とも傷ひとつない。
お互いの力量を測る探りの一撃だ。
悪魔が蝙蝠の羽を打ちつけ、閃光のようなスピードで鵺へ迫る。
鵺が横へ飛ぶが、逃げ切れない。
鋭い鉤爪が 鵺の左脇腹を深く裂いた。
「ギッ……!」
「っ……!」
悲鳴を上げたのは鵺だけではなく、背後のセラもだ。
「セラ様……!」
(鵺と痛覚が……完全に繋がっている……!)
鵺は痛みに呻きながらも、低く構えて一気に踏み込む。
悪魔の死角へ回り込み、その肩口へ爪を突き立てた。
「ッ……グッ!!」
「……ッ!」
悪魔とエリアスが呻き、顔が苦痛に歪む。
(悪魔とエリアスも……同じだ……!)
悪魔は痛みなど意に介していないようだ。
蝙蝠の翼をはためかせ、空気を焼くような速度で迫る。
4度目の衝突で――
鵺の背中の毛皮が裂け、血が飛ぶ。
「……あ、っ……!」
セラが膝をつき、肩を押さえる。
鵺の痛みがそのまま全身を襲っている。
(まずい……!)
5度目の衝突。
悪魔の鉤爪が 鵺の胸元を深く抉った。
「ぐっ……あぁああっ!!」
セラの絶叫が、広間に響き渡る。
(……このままでは……セラ様が……!
鵺は強いが……痛覚共有が足を引っ張っている……
これは、分が悪すぎる!!)
「勝負はついた。」
エリアスは淡々と言う。
勝ち誇るでも、楽しむでもない。
まるで当然の理を告げるように。
悪魔が鵺へ歩み寄る。
(――っ、させるものか!)
俺は剣を握り直した。
「うおおおぉッ!!」
渾身の力でエリアスへ飛びかかる。
だが――悪魔の動きは常軌を逸していた。
エリアスの盾になるように割り込み、鉤爪で俺の剣を弾き飛ばし、巨大な脚で蹴りつけた。
「ぐはッ……!」
俺は床を滑り、石壁に背中を打ちつける。
呼吸が痛い。
視界が霞む。
エリアスがゆっくりと剣を拾い、こちらへ歩む。
「終わりだ、ダリウス。」
その時だった。
――ガシャアアン!!
鋭い破砕音。
天井近くのステンドグラスが昼下がりの光を散らしながら砕けた。
「……っ!?」
エリアスと悪魔が同時にそちらを見る。
セラがスリングを構えていた。
膝をつき、息を荒げながらも、目だけは強く光っている。
「……まだ……終わってない……!」
そのわずかな“間”が、救いになった。
鵺が俺のもとへ跳び、俺の身体を背中に乗せ、しなやかな尾でミレイユを絡め取る。
セラが鵺へ飛び乗る。
「しっかり掴まって!!」
鵺は割れたステンドグラスの窓から跳び出した。
昼下がりの風が一気に頬を打つ。
鵺は屋根を越え、街の上空へ滑り出た。
「追え、悪魔!」
エリアスの声。
悪魔が蝙蝠の羽を振り、炎を撒きながら迫ってくる。
「くっ……早い!」
だが――鵺の方がなお速い。
森へ向けて一直線に宙を駆ける。
「……魔物は……見えないと……使えない……
だから……もっと……遠くへ……!」
セラ様の声は掠れているが、意志は折れていない。
(なるほど……視界から消えれば……攻撃できない!)
鵺は必死に駆ける。
悪魔の咆哮が徐々に遠ざかる。
その時――鵺の動きがふらりと揺れた。
「セラ様……!?」
鵺と痛覚を共有するセラが限界だ。
ならば鵺も、もう限界。
高度が落ち、森の木々が近づく。
「抱きつけ!!」
俺はセラとミレイユを抱え込む。
鵺は森の中へ突っ込み――
木々にぶつかりながらも、落下を必死に和らげるよう身体を捻った。
ドサッ、と落ちた。
土の感触が、ひどく温かかった。
そこに倒れ込んだ俺は、しばらく動けなかった。
セラもミレイユも生きている。
それだけで胸が痛むほど安堵したが――
同時に、胸の奥で鈍い痛みが広がる。
(……部下たちを……俺は……)
生き残ったという事実は、決して軽いものではなかった。
それでも。
守るべき人はまだ、ここにいる。
俺はゆっくりと顔を上げた。
「ここから先は……必ず、俺が守る。」




