風と火 - 2
語り:ミレイユ・カロ
鋭い銀刃が私たち三人を取り囲もうとした、その瞬間――
「お待ちください!!」
張り詰めた空気を断ち切るように、ウィルの声が響いた。
彼は隊列を押し分け、ダリウスとエリアスの間に割って入る。
その顔は強い焦燥と、しかし揺るがぬ意志を宿していた。
「これは違います!
審判はルーメン教の審判職が行うものであり、あなた将軍であっても代行してはならないはずです!」
ざわ、と兵たちが揺れる。
「私は……ダリウス隊長に公正な審理を受けてもらいたくて協力しました!
これではただの私刑ではありませんか!!」
エリアスはウィルを静かに見つめ、短く頷いた。
「……君の言葉には確かに一理ある。」
その言葉に合わせ、兵たちは剣を少し下ろす。
緊張がほどけ――かけた。
「だが、誤解がある。」
エリアスは右手を突き出した。
人差し指と中指には、それぞれほのかに赤い光と白い光を帯びた指輪。
その一瞬で空気が変わった。
「三名を裁くのは――君たち、ダリウス隊の諸君だ。」
そして。
「燃えろ!」
空気が、爆ぜた。
圧倒的な熱気が広間を飲み込んだ。
「……っ……!」
私は思わず顔を覆ったが、焼けつく痛みは来ない。
隣でダリウスも顔をそむける。
一方――兵たちは苦悶の声を上げ、膝を折った。
「ぐ……っ……!」
「熱……が……入って……!」
ダリウス隊の兵士たちは膝をつき、身体を震わせ、次の瞬間、一斉に頭をがくりと下げた。
そして、顔を上げる。
瞳の光が消えていた。。
怒りとも恐怖ともつかない、空洞のような濁り。
(……あの目……
港で……入り江で見た……あの男たちと同じ……)
背筋が冷える。
その時、セラが震える声で叫んだ。
「港で……わたしを襲わせたのも……
入り江で暴れたあの兵たちも……
あなたが……やったのね……!」
エリアスは頷く。
「火の指輪が放つ熱は“意志を燃やす”。
熱に呑まれた者は、心が溶け、最後に与えられた“命令”だけを残す。
恐れず、痛まず、死ぬまで動く――ただそれだけだ。」
ダリウスが怒号を上げる。
「兵を……仲間を……このような形で使うとは……!」
「ああ。
適切な時間であれば、戦力として優秀だ。」
エリアスは淡々としていた。
「魂が灰になる前にな。」
(魂が……灰に……)
(なんて……残酷な……)
その時――エリアスがこちらに視線を向けた。
「……ところで妙だな。」
彼はダリウスと私を順に見た。
「君たちは、熱に呑まれていない。
本来なら心が焼かれ、命令しか残らないはずなのに。」
「……っ」
私は無意識に耳へ手を伸ばした。
銀のイヤーカフ――酔い止め用の魔法具。
風の揺らぎを抑えた、あの時の。
(もしかして……これが……)
ダリウスも短く頷き、片耳を押さえる。
エリアスは納得したように目を細めた。
「なるほど。
先に別の魔力の影響下にあれば――
後から魔法を上書きすることはできない。」
(上書き……できない……?)
「魔法同士は干渉し合う。
一度、体内に魔力の保護が流れ込めば、別系統の魔力は弾かれる。」
(……だから……
セラ様の風の力が、効いたり効かなかったり……)
私はようやく理解した。
だとすれば、今、セラの風が起きても、兵たちには効かないのだろう。
しかし、理解したところで状況は改善しない。
「……エリアス……」
セラ様は震える声で問いかけた。
「あなた……
どうして……そんな指輪を……?」
エリアスはふっと二つの指輪を掲げた。
「君の指輪は“風”。
私のは“火”と“空”。
いずれも――『聖環』だ。」
「聖環……?」
「神が生命を創るために用いた五大元素。
その力を人類に遺した神造神器。」
私たちの背筋にひやりとしたものが走った。
「私はそれらを集め、神に代わって生命の“管理者”になる。
それが私の宿命だ。」
ダリウスが叫ぶ。
「気でも狂ったか!」
「狂ってはいない。」
エリアスはゆっくりと首を振る。
「世界を正しく動かす者が必要なだけだ。」
そして、突き放すように言った。
「さて――
命令を与えれば、彼らは君たち三名を殺すために動く。
苦しまずに終わる道もあるが……どうする?」
セラは一歩前へ出た。
その姿は、体力はほとんど残っていないはずなのに、強く見えた。
「……残念だけど」
凛とした声。
「私の命は、私が決めるわ。」
セラ様は手を前方に突き出した。
「――来て、鵺!!」
霧が巻き、影が形を取り、黒き獣が姿を現す。
エリアスは微かに眉を動かし、しかし静かに命じた。
「……行け。」
その声とともに――
心を焼かれた兵士たちが、獣のような速度で飛びかかった。
広間が一気に殺気で満たされた。




