風と火 - 1
語り:ミレイユ・カロ
兵士たちに囲まれるようにして建物へ入った瞬間、胸がざわついた。
けれど、何が“どう”おかしいのか、自分ではまだはっきりと言葉にできなかった。
建物の中は薄暗い。
窓は割れ、壁には亀裂、床には薄く埃。
しかし――広間だけは異様に片づけられ、何も置かれていない。
机も椅子も一切なく、まるで“何かのために”空間を空けたように見えた。
(何の……ため……?)
考えようとしても、頭が追いつかない。
ただ胸の奥だけが、落ち着かずざわついていた。
広間の中央にはダリウスがいた。
だが彼は周りを武装した兵士たちに囲まれ、動けない。
兵士たちは剣の柄に手を添え、油断なくダリウスを見張っている。
「……ダリウスさん……?」
ダリウスは私とセラを見ると、驚きと苦悩の混じった目をした。
「セラ様……ミレイユ殿……無事で……良かった……!
しかし……この状況は……」
彼の視線が、武装した兵士へと向かう。
「……まさか……
私の部下が……私に剣を向ける日が来るとは……」
その声は震えていた。
怒りというより、信じてきたものを裏切られた痛みに近かった。
兵士に促され、私たちはダリウスの隣に並ばされた。
三人横一列――
私ですら、この並びの意味を無意識に察してしまうほどに、嫌な形だった。
その時。
「セラ。無事で何よりだ」
奥の暗がりから現れたのは、エリアス・ヴァルメイン。
毅然とした姿勢で、歩みも声も揺らぎがない。
ただ、その瞳には温度がなかった。
「困ったことになった。三名とも」
三名。
セラ様と私、そしてダリウス。
私が含まれている理由はまだ理解できない。
ただ、嫌な予感だけが胸を締めつけた。
「エリアス様……これは……一体……」
ダリウスが前へ出ようとすると、すぐに部下の剣が彼の喉元を押し返した。
その表情は衝撃に歪む。
「説明を……お願いします……」
エリアスは落ち着いた声で告げた。
「三名は“ルーメン教会の神官殺害”の容疑にある」
広間の空気が一瞬止まった。
「……神官……?」
自分の声が震えているのが分かった。
「君たちが港で殺したとされる二人は、ルーメン教の神官だ。
教会の記録にもそう残っている」
理解が追いつかない。
(だって、あの二人は……
海を越えてアルビオンまで追ってきて、
セラ様を……本気で殺そうとして……
どう見ても暗殺者で……
それなのに……神官……? 記録?
こんなの……どう考えても辻褄が合わないのに……
記録されているというだけで、全部ひっくり返されるなんて……)
セラがかすかに首を振る。
「……あの人たちが……神官……?
わたしを……殺そうとしたのに……?」
ダリウスが苦しげな声で訴えた。
「エリアス様……どうかセラ様を、私たちを信じてください!
あれは神官ではありません……暗殺者でした!
海を越えて……アルビオンまで……!」
エリアスは、わずかに首を振った。
その態度は冷淡ではなく、ただ“揺るがない”ものだった。
「ダリウス。
これは“誰を信じるか”の問題ではない。」
広間の空気が冷たく張りつめる。
「港で殺された二人は、教会の記録上、正式な神官だ。
そして港には目撃者が多数いた。
彼らは全員、君たち三名がその神官を斬ったと証言している。」
淡々と、しかし逃れようのない口調。
「神官殺害はルーメン教の規律でかなり重い罪だ。
規律に従えば――三名は拘束し、処置を定めねばならない。」
その言葉は、感情すら挟む余地がない“事務処理”のように聞こえた。
――シャッ。
ダリウスの部下たちが一斉に剣を抜いた。
その銀の刃が、三人の喉元へ突きつけられる。
エリアスは静かに宣告した。
「これよりルーメン教の規律に従い、三名の扱いを決める」
声は落ち着いているのに、その言葉の重さが、ひどく冷たかった。




