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聖環  作者: 北寄 貝


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24/62

風と火 - 1

語り:ミレイユ・カロ

兵士たちに囲まれるようにして建物へ入った瞬間、胸がざわついた。

けれど、何が“どう”おかしいのか、自分ではまだはっきりと言葉にできなかった。


建物の中は薄暗い。

窓は割れ、壁には亀裂、床には薄く埃。

しかし――広間だけは異様に片づけられ、何も置かれていない。

机も椅子も一切なく、まるで“何かのために”空間を空けたように見えた。


(何の……ため……?)

考えようとしても、頭が追いつかない。

ただ胸の奥だけが、落ち着かずざわついていた。


広間の中央にはダリウスがいた。

だが彼は周りを武装した兵士たちに囲まれ、動けない。

兵士たちは剣の柄に手を添え、油断なくダリウスを見張っている。


「……ダリウスさん……?」


ダリウスは私とセラを見ると、驚きと苦悩の混じった目をした。

「セラ様……ミレイユ殿……無事で……良かった……!

 しかし……この状況は……」

彼の視線が、武装した兵士へと向かう。


「……まさか……

 私の部下が……私に剣を向ける日が来るとは……」


その声は震えていた。

怒りというより、信じてきたものを裏切られた痛みに近かった。


兵士に促され、私たちはダリウスの隣に並ばされた。

三人横一列――

私ですら、この並びの意味を無意識に察してしまうほどに、嫌な形だった。


その時。

「セラ。無事で何よりだ」


奥の暗がりから現れたのは、エリアス・ヴァルメイン。

毅然とした姿勢で、歩みも声も揺らぎがない。

ただ、その瞳には温度がなかった。


「困ったことになった。三名とも」


三名。

セラ様と私、そしてダリウス。

私が含まれている理由はまだ理解できない。

ただ、嫌な予感だけが胸を締めつけた。


「エリアス様……これは……一体……」

ダリウスが前へ出ようとすると、すぐに部下の剣が彼の喉元を押し返した。

その表情は衝撃に歪む。

「説明を……お願いします……」


エリアスは落ち着いた声で告げた。

「三名は“ルーメン教会の神官殺害”の容疑にある」


広間の空気が一瞬止まった。

「……神官……?」

自分の声が震えているのが分かった。


「君たちが港で殺したとされる二人は、ルーメン教の神官だ。

 教会の記録にもそう残っている」


理解が追いつかない。

(だって、あの二人は……

 海を越えてアルビオンまで追ってきて、

 セラ様を……本気で殺そうとして……

 どう見ても暗殺者で……

 それなのに……神官……? 記録?

 こんなの……どう考えても辻褄が合わないのに……

 記録されているというだけで、全部ひっくり返されるなんて……)


セラがかすかに首を振る。

「……あの人たちが……神官……?

 わたしを……殺そうとしたのに……?」


ダリウスが苦しげな声で訴えた。

「エリアス様……どうかセラ様を、私たちを信じてください!

 あれは神官ではありません……暗殺者でした!

 海を越えて……アルビオンまで……!」


エリアスは、わずかに首を振った。

その態度は冷淡ではなく、ただ“揺るがない”ものだった。

「ダリウス。

 これは“誰を信じるか”の問題ではない。」

広間の空気が冷たく張りつめる。

「港で殺された二人は、教会の記録上、正式な神官だ。

 そして港には目撃者が多数いた。

 彼らは全員、君たち三名がその神官を斬ったと証言している。」

 淡々と、しかし逃れようのない口調。

「神官殺害はルーメン教の規律でかなり重い罪だ。

 規律に従えば――三名は拘束し、処置を定めねばならない。」

その言葉は、感情すら挟む余地がない“事務処理”のように聞こえた。


――シャッ。


ダリウスの部下たちが一斉に剣を抜いた。

その銀の刃が、三人の喉元へ突きつけられる。


エリアスは静かに宣告した。

「これよりルーメン教の規律に従い、三名の扱いを決める」

声は落ち着いているのに、その言葉の重さが、ひどく冷たかった。

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