救助部隊
語り:ミレイユ・カロ
陽がじわりと明るくて、まぶしくて。
私は、地面に片手をついて上体を起こした。
短い時間、意識を落としていたらしい。
パープルヘイズとの戦いでの耳鳴りと眩暈が、まだ頭に残っていた。
気を張っていた糸が切れたせいで、一瞬だけ意識が遠のいたのだ。
耳鳴りがまだ残り、胸の奥がふわふわする。
けれど――
すぐ近くの人影を見て、私の心臓は跳ねた。
「……セラ様!」
セラはすぐそばで横になっていた。
私は慌てて抱き起こす。
そのまつ毛がぴくりと動き、目がうっすら開いた。
「……ミレイユ……おなか……減った……」
泣き笑いになりながら、私はセラの手を握った。
「良かった……気がついたんですね……!」
「まだ……生きてる……? わたし……」
「生きてます! もう……どれほど心配したか……!」
その時――
ガシャリ、と金属音が響いた。
私たちは反射的に振り向いた。
入り江の上に、馬と兵士の影。
四騎。
そのうち一人は、見覚えのある青年――ダリウス隊のウィルだった。
周囲に転がる死体の数を目にした瞬間、ウィルたちの顔が一斉に強張る。
「……ここで……何が……」
あたりには、30人近い人の亡骸と、裂かれた蝙蝠の死骸が散乱している。
それは、外から来た者が絶句して当然の光景だった。
「セラ様! ミレイユ殿!」
ウィルが真っ先に駆け寄る。
重傷を負ったとは思えないほど力強い足取りだ。
「本当に……よかった……!」
その顔に痛みはまったくなかった。
胸がずきりと痛む。
私は無意識に、ウィルの腕に触れていた。
「ウィルさん……本当に……ごめんなさい……
私のせいで……あの時、傷を……!」
「いいえ。ミレイユ殿のせいではありません」
ウィルは柔らかく微笑んだ。
その目が少し、光の奥で熱を帯びていた。
「教会の魔法具が治してくれました。
骨も傷も、跡形もなく。奇跡です。
ルーメン教の加護あってこそ……私は再び剣を取れます」
言葉の端々に、妙な熱がある。
「教会は……本当にすばらしいのです」
と言うその声音には、痛みの記憶さえ上書きされたような静かな熱があった。
心から信じ切っている人の語りだ――
いや、それ以上の。
「二人、馬を降りろ。セラ様とミレイユ殿をお乗せする!」
別の兵が動き、二頭の馬を差し出す。
一人は「発見を報告してきます」と街へ駆けていった。
しばらく無言で進む隊列の中、ふと横を見ると――
セラが、兵士から渡されたらしい干し肉をいつの間にか手にして、もそもそと噛んでいた。
「……しょっぱい……でも……おいしい……」
そののんきな声に、張りつめていた胸の力がすこしだけ抜けた。
道中、兵たちはほとんど口を開かなかった。
馬の歩調は崩れず、兵たちの視線は前だけを向いたまま。
まるで私たちの存在を“見ないようにしている”みたいだった。
助けに来てくれたはずなのに。
道に迷っていた少女を保護した、という空気でもない。
誰もこちらに話しかけず、馬の蹄音だけが妙に冷たく響く。
(……なんで、誰も何も言わないの……?
怒っているわけでも、安堵しているわけでもない……
ただ、“任務”として私たちを運んでいるみたい……)
その沈黙が、少しずつ怖さに変わっていった。
街が近づく。
市場の喧騒、焼いた肉の匂い、人々の呼び声――
本来なら安心できるはずの音が、今日はどこか遠くに感じた。
見慣れない道を通り、私たちが連れていかれた先は、大聖堂の正門でも、ヴァルメイン家の屋敷でもなかった。
「……ここ……?」
街外れ。
高い石壁に囲まれた、人気のほとんどない区域。
古い教会施設のような――
だが何に使われているのかわからない建物。
扉の前には、武装した兵がずらりと並んでいる。
私は、胸がきゅうと縮むのを感じた。
(どうして……こんな場所に……?
まだ終わらないの……?)
安堵より先に、不安の影が静かに広がっていった。
(……これ、本当に“救助”なの……?)




