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聖環  作者: 北寄 貝


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146/146

裏 - 1

語り:ミレイユ・カロ

 カンタベリオンの西門を出てから、どれくらい歩いただろう。

 丘を登りきるころには、日が傾きかけていた。

 空は淡い橙に染まり、低い雲の端だけが金色に光っている。

 風は冷たく、草をなでる音がさやさやと耳に届いた。

 足元の土は乾いていて、踏みしめるたびに軽く音がする。

 その先に――

 監視塔が見えた。

 丘の上にぽつりと立つ石の塔。

 周囲に背の低い林が広がり、その縁を抜ければ、もう目と鼻の先だ。

 私は思わず息を飲んだ。


  ――来てしまった。


 ここまで、何も起きていない。

 本来ならこの道中で、ヨークの作戦は実行されるはずだった。

 アルヴェイン家の誰かを奇襲で捕らえ、主導権を握る。

 けれど――

 (このまま、着いてしまう……?)

 私は、思わず振り返った。

 少し後方。

 木々の隙間から、マーカスの部隊が見える。

 百人ほどの兵が、整然と続いている。

 その中心に、レオンとエドマンドの姿もあった。

 そして。


 ――見られている。


 はっきりとした根拠はないのに、そう感じた。

 マーカスの視線。

 あの人は、全部分かっている気がする。

 私は視線を前に戻し、ヨーク隊の面々を見る。

 皆、落ち着きがない。

 視線が泳ぎ、足取りがわずかに揺れている。

 きっと同じことを思っている。


 ――このまま着いていいのか?


 その空気が、はっきりと伝わってきた。

 先頭を歩いていたヨークが、不意に立ち止まる。

 そして、振り返った。

 その表情には、はっきりと戸惑いが浮かんでいた。

 そこへ、後続の部隊が追いついてくる。

 マーカスが、こちらを見た。

 何も言わない。

 ただ、待っている。

 ヨークが、一歩前に出た。

「……監視塔は、もうすぐです。」

 言葉を選ぶように言う。

「どうします?」

 指示を仰ぐ声だった。

 マーカスは、間を置かずに答えた。

「まずはお前たちだけで行け。」

 淡々とした口調だった。

「監視塔から引きずり出してこい。」

 その言葉に、空気が一瞬で凍りついた。

 ヨークが、わずかにたじろぐ。

「いや……でも、魔物が――」

 言いかけたところで、

「こいつらも連れて行け。」

 マーカスが遮った。

 指し示したのは、レオンとエドマンドだった。

「……!」

 二人が、同時に息を呑む。

 けれど。

 反論はなかった。

 できなかったのか、しなかったのかは分からない。

「……分かりました。」

 レオンが言い、エドマンドも無言で頷く。

 それで、決まった。

 逃げ場はない。

 ヨークは、短く息を吐いた。

「……行くぞ。」

 その声で、全員が動く。

 林へ入る。

 木々の間を抜ける風が、ひゅうと音を立てた。

 枝葉が揺れ、光がまだらに差し込む。

 足音だけが、やけに大きく感じられる。

 誰も口を開かない。

 それぞれ、違う思惑を抱えたまま。

 それでも――進むしかない。

 やがて、林を抜けた。

 視界が開ける。

 目の前に、丘の上に突き立てられた槍のような監視塔が現れた。

 ヨークが、門の前に立つ。

 大きく息を吸い込んだ。

「セラ・アルヴェイン! ダリウス・エルネスト!」

 声が、丘に響く。

「……」

 反応はない。

 風の音だけが返ってくる。

 ヨークは構わず続けた。

「レオン・アルヴェインとエドマンド・アルヴェインを連れてきた!」

 その声は、さっきよりも強かった。

「お前たちの目的が戦でないことは、このミレイユ・カロから聞いている!」

 心臓が、どくりと鳴る。

「我らを中に入れろ!」

 それでも。

 何も起きない。

 塔は、沈黙したままだった。

(……いない?)

 ふと、そう思った。

 いや。

(いるはず……でも――)

 私は周囲を見回す。

 塔の窓。屋上。柵の影。

 どこにも動きはない。

(……見てる。)

 どこかから、この様子を。

 セラとダリウスは、ここにいない。

 あるいは――

(隠れている?)

 ヨークの言っていた“状況に合わせた調整”。

 その通りに動いているのかもしれない。

 ヨークが、もう一度声を張り上げる。

「セラ・アルヴェイン! ダリウス・エルネスト!」

 その瞬間だった。

 ――ぎぃ、と。

 門の上の木製の窓が、ゆっくりと開いた。

 全員の視線が、一斉にそこへ向く。

 そこに、二つの影があった。

 セラと、ダリウス。

 私は、息を止めた。

 (……え?)

 頭が、ついていかない。

 (いないんじゃ……なかったの?)

 予想が、崩れる。

 作戦も。

 読みも。

 全部。

 一気に、分からなくなった。

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