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聖環  作者: 北寄 貝


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決起

語り:ミレイユ・カロ

 アルヴェイン邸を出、しばらく歩いたところで、ヨークが抑えきれないものを吐き出すように言った。

「……なんでマーカス卿がいるんだよ。」

 声は低いが、明らかに動揺していた。

 私は、あの男の顔を思い出す。

 あの笑み。

 見透かすような視線。

「蛇のような……」

 思わず口にしていた。

「ぞっとする怖さがありましたが……ご存じなのですか?」

 ヨークは顔をしかめた。

「ああ。知ってるどころじゃない。」

 吐き捨てるように言う。

 私たちは並んで歩きながら、言葉を交わす。

 ヨークは、少しだけ声を落とした。

「帝国軍にはな、大きく二つの流れがある。

 一つは、ダリウスやヴァルメイン親子が属してる、ルーメン教の軍。

 もう一つが、俺たちみたいな、帝国そのものの軍だ。」

 私は頷く。

「氷境戦争みたいに国を挙げた戦になると、一体で動くこともあるが……普段は別物だ。指揮系統も、考え方もな。」

 そして、続ける。

「カンタベリオン遠征は、教皇暗殺未遂への報復。つまり教会側の問題だ。

 だから、本来なら俺たちは関係ない。」

 私はふと疑問に思い、口にする。

「では、ヨークさんたちはなぜ……?」

 ヨークは苦い顔をした。

「教会の軍ってのは、あまり兵を抱えてないんだよ。

 だから、帝国軍から“借りる”。」

 少しだけ間を置く。

「今回は、ルキウス元帥が出るって話だったから――」

 そして、にやりとした。

「それで、魔物退治の功績を持つ“優秀な”俺たちが選ばれたってわけだ。」

 私は思わず苦笑する。

 その言い方が、あまりにもヨークらしくて。

「……では、マーカスは?」

 改めて問う。

 ヨークは、首を横に振った。

「分からん。」

 きっぱりと言った。

「今回の遠征に参加する予定はなかったはずだ。」

 少しだけ声が低くなる。

「マーカス卿はな……帝国軍でも指折りの剣の使い手だ。

 だが、それ以上に厄介なのは――」

 言葉を選ぶ。

「戦い方が、常じゃない。」

 私は黙って聞いた。

「劣勢の戦場に好んで出ていっては、戦況をひっくり返す。

 だから、“火消し将軍”なんて呼ばれてるが――」

 ヨークは顔をしかめた。

「やり方が苛烈すぎる。

 敵にとってはもちろん脅威だが、味方であっても、命の保証はない。」

 背筋が、ひやりとした。

「関わりたくない人、なんですね……」

「そういうことだ」

 短く答えた。

 私は、ふと口をつく。

「それでは……ヨークさんの作戦は……」

 言いかけたまま、言葉が続かない。

 ヨークは一瞬だけ目を逸らした。

「ま、まあ……」

 歯切れが悪い。

「アルヴェインの親子を引っ張り出して、手勢は最小限って意味では……」

 言葉を継ぐ。

「一応、筋は通ってる。」

 だが、その声には自信がなかった。

 私は少しだけ視線を落とす。

「……私たちも、同行することになってしまいましたね。」

 言外に、これも予想外だったとにじませる。

 ヨークは、目を泳がせながら言った。

「まあ、ダリウスもいるし、セラには聖環がある。

 現場であいつらがうまく調整してくれりゃ……なんとかなるさ。」

 その言葉は、どこか頼りなかった。

 私たちはそのまま、街の中を歩いていく。

 カンタベリオンの街は、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた。

 市場では商人が声を張り上げ、

 焼きたてのパンの匂いが風に乗る。

 子どもたちが駆け回り、

 井戸端では女たちが笑い合っている。

 誰が治めているのかなど、誰も気にしていないように見えた。

 けれど私には、この街の風景が、まるで別の世界のもののように思えた。


 やがて、ヨークの部下たちが集まっている場所に着く。

 ヨークが手短に事情を話すと。

「……は?」

「え、本当に?」

「うわ……最悪だろ、それ。」

 口々に声が上がる。

「マーカス卿がいるとか、聞いてねえぞ……」

「隊長の作戦、うまくいくと思ってなかったけど……これはさすがに……」

「欲張るからこうなるんだよ……」

 ぼそぼそと、不満が漏れる。

 ヨークが顔をしかめた。

「うるせえな!」

 苛立ちを隠さず言い返す。

「マーカス卿が出てくるなんて、誰が予想できるんだよ!」

 部下たちも引き下がらない。

「そりゃあそうですけど……」

「もう後戻りできないですよ。」

「……無理でしょ、これ。」

「死にに行くようなもんですよ。」

 空気が、少しだけ険しくなる。

 私は一歩、前に出た。

「……お願いがあります。」

 自然と、声が出ていた。

 ざわめきが止まる。

 全員の視線が、こちらに向く。

 私は、ゆっくりと頭を下げた。

「ここまでの旅で、セラ様は何度もつらい思いをしてきました。」

 言葉を選びながら、続ける。

「それでも、ようやくカンタベリオンに戻ってくることができました。」

 胸の奥から、言葉が湧いてくる。

「私は……セラ様の苦労が、報われてほしいと思っています。」

 一拍。

「そのためには、皆さんのお力が必要です。」

 深く、頭を下げる。

「どうか……よろしくお願いいたします。」

 静寂が落ちた。

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 やがて。

「……いいぜ。」

 ぽつりと、声が上がる。

「ここまで来たんだ。やるしかねえだろ。」

「案外うまくいくかもしれねえしな。」

「乗った。」

 次々と、声が続く。

 その空気が、少しずつ変わっていく。

 ヨークはしばらく黙っていた。

 部下たちの顔を一人ずつ見て――

 大きく息を吐く。

「……分かった。」

 少しだけ照れくさそうに言う。

「でもな……」

 視線を合わせる。

「セラのためじゃない。

 あんたのために、やってやる。」

 ヨークは私の前に手を差し出した。

 私はその手を、しっかりと握る。

「……お願いします。」

 ヨークたちは間違いなく頼れる味方だ。

 そして、私は、私にできることをやるだけだ。

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