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聖環  作者: 北寄 貝


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帰郷 - 6

語り:ミレイユ・カロ

 エドマンドが一歩、前に出た。

「父上。」

 声は抑えられているのに、刃のように鋭かった。

「セラは“不肖”程度では済ませられません。」

 空気がぴんと張り詰める。

「奴のせいでアルヴェイン家は独立を失い、あまつさえ、実の兄トリスタンを殺すという大罪を犯しています。」

 言葉の一つひとつが重かった。

「奴の始末は、アルヴェイン家がつけねばなりません。」

 言い切る。

 私は思わず視線を落とした。

 ――やはり。

 トリスタン様の死は、セラ様の手によるものとして伝わっている。

 胸の奥が重く沈んだ。

 レオンは静かにうなずいた。

「無論だ。」

 その声には、迷いはなかった。

「何としても捕らえ、罪を償わせねばならん。」

「捕らえる、ですと?」

 エドマンドの声が跳ね上がった。

「何を甘いことをおっしゃられているのですか!」

 一歩、さらに踏み込む。

「家族とはいえ、セラはもう殺すしかありません。」

 断言だった。

 私は思わず息を呑んだ。

 妹を殺す。

 それを、これほど迷いなく口にできるものなのか。

 その神経が、理解できなかった。

 レオンの目が、わずかに細まる。

「ルーメンの教えによれば、家族殺しは大罪だ。」

 低く、重い声だった。

「であればこそ、我らとて同じ罪を犯すわけにはいかん。」

 言葉に力がこもる。

「セラは、捕らえるのだ。」

 ぴしゃりと言い切った。

 エドマンドは、納得できないとばかりに首を横に振る。

「父上――」

「……あのぉ」

 場違いなほど遠慮がちな声が、空気を切った。

 ヨークだった。

 全員の視線が一斉に集まる。

「何だ。」

 レオンが短く促す。

 ヨークは一瞬だけ肩をすくめ、それでも口を開いた。

「捕らえるとおっしゃいますが……あの、あんな魔物が傍にいては、ちょっとやそっとの兵数では相手にならないでしょう。」

 言い終えたあと、少しだけ居心地悪そうに目を伏せる。

 レオンの顔が、わずかに強張った。

 言葉が返せない。

 その沈黙を、エドマンドが引き取る。

「せっかく教会がトリスタンに“力の指輪”を貸してくださったにもかかわらず、相手にならなかったと聞いています。

 そうなると、どれだけの戦力で臨めばよいのか……確かに、見極めは難しい。」

 レオンは腕を組み、低く唸る。

 そして、ヨークへ視線を向けた。

「では聞くが――」

 一拍置く。

「千人程度の兵を出せば、勝てると思うか?」

 唐突な問いだった。

 ヨークが目を見開く。

「え……あー……ええと……」

 珍しく言葉に詰まる。

 頭をかきながら、少しだけ考え込む。

「兵の立場で申し上げるなら……」

 慎重に言葉を選ぶ。

「できれば、説得で何とかならないか、という思いがあります。」

 室内の空気が、ぴたりと止まった。

「何人いれば勝てるかなど……正直、見当もつきません。」

 エドマンドが即座に反応する。

「説得だと?」

 声が荒くなる。

 ヨークは肩をすくめた。

「セラ様は、逃げようと思えばいくらでも逃げられたはずです。」

 視線を上げる。

「それでも、わざわざカンタベリオンに戻ってきた。」

 一呼吸。

「そこには理由があるはずです。少なくとも、戦うためではないように思えます。」

「奴はトリスタンを殺している!」

 エドマンドが吐き捨てる。

「恥知らずにも、アルヴェイン家に牙をむいたのだ!」

 怒気がにじむ。

 私は、その声を聞きながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。

 ――違う。

 そう言いたい。

 けれど、ここでそれは言えない。

 レオンが、ゆっくりと私を見た。

「ミレイユ。」

 呼ばれる。

 背筋が伸びる。

「はい。」

「セラは、なぜカンタベリオンに戻ってきたのだ?」

 心臓が一つ、大きく鳴った。

 ここだ。

 私は息を整える。

「……セラ様は」

 言葉を選ぶ。

「聖環の真実を知りたい、とおっしゃっていました。」

 その瞬間。

 レオンの表情が、わずかに強張った。

 ほんの一瞬。

 だが、確かに。

 私はそれを見逃さなかった。

「セラ様は、聖環を手にした日から、すべてがおかしくなったと感じておられます。」

 ゆっくりと言葉を重ねる。

「そして、その真実を知るのは――」

 一拍。

「レオン様か、モルヴァン司教であろうと。」

 静寂が落ちる。

 レオンは、じっと私を見ていた。

「……つまり――」

 低い声。

「儂と話すことが、目的の一つということか?」

「そう思います。」

 私ははっきりと答えた。

 その瞬間、確信した。

 ――やはり。

 レオンは、知っている。

 そして。

 ちらりと視線を横にやる。

 エドマンドは、何も反応していない。

 “聖環”という言葉に。

 ――この人も、知っている。

 胸の奥で、何かが冷たく固まる。

 次の瞬間だった。

「……くくっ」

 場違いな笑い声が、執務室に響いた。

 私は思わず顔を上げる。

 あの男だった。

 名も知らぬ、あの男。

 肩を震わせながら、くぐもった笑いを漏らしている。

 やがて、ゆっくりと顔を上げた。

 その目には、明らかな愉悦が浮かんでいた。

「なるほど。」

 男は、はっきりとした声で言った。

「ようやく、話が通じるところまで来た、というわけか。」

 その一言で。

 この部屋の空気が、まるで別のものに変わった気がした。

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