帰郷 - 2
語り:ミレイユ・カロ
血気にはやるセラを見て、ダリウスは深くため息をついた。
それから、ふいに辺りを見回す。
「……あれはなんだ?」
ダリウスが西の丘を指さした。
丘の上に、細い影のようなものが立っている。
その先端に、小さな旗のようなものが揺れていた。
私は目を細めて見た。
「あれは……たぶん、西の監視塔だと思います。」
丘はなだらかな草地で、木もまばらにしか生えていない。
その頂に、石造りの塔がぽつんと立っている。
塔は高くはないが、周囲を見渡すには十分な高さだった。
「塔?」
ダリウスが聞き返す。
「リンドン方面から来る敵を警戒するための塔よ」
セラがぶっきらぼうに答えた。
視線はずっとカンタベリオンの城壁に向いたままだった。
今にも走り出しそうな気配すらある。
「……あの塔には何人くらいいる?」
ダリウスが続けて聞いた。
セラは少し考えた。
「十人くらいかしら。」
ダリウスは腕を組んだ。
しばらく黙って丘を見つめていたが、やがて言った。
「……あの塔を落とそう。」
私とセラは、同時にダリウスを見た。
「え?」
「何ですって?」
思わず声が出る。
ダリウスは平然としていた。
「このままのこのこカンタベリオンに行ったところで、城壁から矢の雨を浴びるだけだ。」
淡々と続ける。
「いかに聖環があっても、ハリネズミになるのが関の山だ。
無駄死にしに行くようなものだろう。」
それから丘の塔を指した。
「なら、向こうから出てくるように仕向ければいい。」
セラの眉がぴくりと動いた。
「そんな回りくどいことをする必要はないわ。」
吐き捨てるように言う。
「矢の雨が何だっていうのよ。」
聞く耳を持たない様子だった。
そのときだった。
「頭を冷やせ。」
ダリウスの声が、いつになく強かった。
セラがびくっと肩を震わせた。
「カンタベリオンで犬死するために、ここまで旅をしてきたのか?」
低い声だったが、怒気がこもっていた。
セラは唇を強く噛んだ。
何も言わない。
ダリウスは続けた。
「監視塔を取り、兵を逃がす。」
「逃がす?」
私が聞き返す。
「セラがそこにいると、城に報告させる。」
ダリウスは丘を見ながら言った。
「そうすれば領主――君の父親か、少なくとも兄は出張ってくるはずだ。
そこで状況に合わせて動く。
それが目的を達する一番確実な方法だ。」
私は思わず聞いた。
「領主……レオン様かエドマンド様が、本当に来るのでしょうか?」
ダリウスは振り返った。
「セラが風の聖環を使いこなしていることは、もう伝わっているはずだ。
ならば兵をいくら集めても勝てないことくらい、向こうも分かっている。
となれば、説得という手段を考えるのが普通だ。」
少し間を置いて続ける。
「そうなれば肉親がその役目を負う。」
セラが鼻で笑った。
「ずいぶん希望的観測ね。」
明らかに面白くなさそうだった。
ダリウスは肩をすくめた。
「生き残る可能性が高い、と言ってくれ。」
セラはしばらく黙っていた。
やがて、短く言った。
「……分かったわ。」
そしてカンタベリオンを見た。
「あなたの言うとおりにする。」
私たちは丘を下り、草地を横切った。
カンタベリオンの城壁は遠くに見えたままだった。
灰色の石壁の上に、塔がいくつも突き出ている。
その反対側の丘を登る。
丘の頂に、監視塔が見えてきた。
石造りの塔だった。
灰色の石が積み上げられた四角い塔身が、まっすぐ空へ伸びている。
高さは四階建てほどだろうか。
壁は厚く、小さな窓がいくつか開いている。
屋上には旗が立っていた。
赤地に黒い双頭の鷲。
フランカ帝国の旗だ。
塔の周囲には低い柵があり、その前に木の扉がある。
私たちは丘の林の中に身を潜めた。
そこから塔をうかがう。
扉の前に、三人の兵が立っていた。
槍を肩にかけ、何か話している。
ダリウスが小声で言った。
「セラ。」
セラが振り向く。
「ここの兵たちは逃がす。
カンタベリオンに報告させるためだ。」
セラは頷いた。
「分かってる。」
ダリウスは続ける。
「君の“眩暈の風”で動けなくしてくれ。
殺す必要はない。」
「分かった。」
セラは静かに林の端まで移動した。
草陰にしゃがみ、塔を見据える。
一度こちらを振り返った。
ダリウスが小さく頷く。
セラも頷いた。
そして立ち上がる。
次の瞬間、塔へ向かって走り出した。
「吹け――私の風!」
風が巻き起こった。
丘の草が一斉に揺れる。
突風が塔の前を吹き抜け、兵たちを巻き込んだ。
「うわっ!」
「何だ――」
兵たちは体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。
私はダリウスと一緒に走り出した。
セラの後を追う。
三人で扉の前にたどり着く。
兵たちは地面に倒れていた。
苦しそうにうめいている。
私はその顔を見て――
思わず声を上げた。
「あっ」
見覚えのある顔だった。
セラとダリウスが振り返る。
「何だ?」
私は倒れている兵を指さした。
「この方……!」
ダリウスがその顔を見て、目を見開いた。
「お前……ヨークか?」
倒れている兵の一人は間違いなく――
フランカ帝国の首都カテドラ郊外の森で出会った帝国兵。
ヨークだった。




