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聖環  作者: 北寄 貝


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帰郷 - 1

語り:ミレイユ・カロ

 アシュカラーを発って二日。

 丘を一つ越えたところで、ついにそれが見えた。

 カンタベリオン。

 遠くの平野の上に、灰色の城壁が、町を四角く囲んでいる。

 塔がいくつも立ち、昔と同じ場所で空を見張っていた。

 その背後から、ひときわ高く石の塔が突き上がっていた。

 大聖堂の塔だ。

 空に向かって細く伸びたその影は、遠目にも町の中心を示している。

 城壁は四角く街を囲み、いくつかの塔が等間隔に立っていた。

 門楼らしい張り出しも見える。

 門の前には細い街道がまっすぐ続き、荷車や旅人の列が小さく動いていた。

 見慣れているはずの景色なのに、どこかよそよそしい。

 風が平野を渡ってきて、草がざわりと揺れた。

 私は思わず足を止めた。

「やっと帰ってきた……」

 何度も見たはずの城壁なのに、胸の奥が落ち着かなかった。

 前を歩いていたダリウスとセラは振り向かない。

 二人とも、ずっと前を見たままだった。

 この二日間、私とダリウスはセラにどう声をかければいいのか分からず、腫れ物に触るような調子で接していた。

 何を言っても、どこか違う気がしたのだ。

 セラは道中、必要最低限の言葉しか発しなかった。

 食事のときも、休憩のときも、短く答えるだけ。

 それ以外は、ただ前を向いて歩き続けていた。

 何かを見ているというより、何も見ていないような目だった。

 意識の大半が別の場所にある――そんな佇まい。

 その沈黙が、かえって恐ろしかった。

 しかし、城壁が見えた今、そうも言っていられない。

 先頭を歩いていたダリウスが、ふいに足を止めた。

 そしてゆっくり振り返る。

 どうやら同じことを考えていたらしい。

 セラも足を止めた。

「どうしたの?」

 声は落ち着いていた。

 いつもと同じ、抑えた調子。

 ダリウスは城壁の方を一瞥し、それからセラを見た。

「もうすぐカンタベリオンだ。」

 短く言う。

「どうするつもりだ?」

 間を置かず、セラは答えた。

「トリスタン兄さんの敵討ちよ。」

 言葉はきっぱりしていた。

 迷いがない。

 私は胸の奥が少しだけ痛くなるのを感じた。

 トリスタン。

 セラの次兄。

 アルヴェイン家の中で、セラが唯一心を許していた兄だ。

 私が屋敷にいた頃も、二人はよく並んで話していた。

 あの兄を殺されたのだ。

 怒りが強いのも当然だろう。

 だが、ダリウスは首を横に振った。

「それだけじゃないだろ。」

 静かな声だった。

「聖環のこともある。

 エリアスとの婚姻のことも。」

 少し間を置いて続ける。

「いろんなことの“答え”を、カンタベリオンで見つけるつもりなんじゃないのか?」

 セラの瞳が、わずかに細くなった。

 そして言った。

「モルヴァン司教よ。」

 私は思わず顔を上げた。

 ダリウスも眉を動かす。

「ルーメン教の司教か?」

「そうよ。」

 セラは城壁の向こうの大聖堂の塔を見た。

「あの人しかいないわ。

 私のことも、トリスタン兄さんのことも――こんな“絵”を描けるのは。」

 その言葉を聞いた瞬間、セラの視線が一瞬だけ遠くへ向いた。

 アルヴェイン家の屋敷。

 大広間。

 そこに立っていた男。

 初老の司教。

 白髪交じりの髪を整え、穏やかな笑みを浮かべながら、どこか底の見えない目をしていた。

 細身の体。

 よく通る低い声。

 優雅で、そして油断ならない空気。

 私は数回しか見たことがないが、妙に印象に残る人物だった。

 モルヴァン司教。

 ダリウスは腕を組んだ。

「仮にそうだとしても――」

 城門の方へ顎をしゃくる。

「アシュカラーから逃げ帰った連中がいる。

 俺たちのことはもう伝わっているはずだ。」

 城門の前には、長い影が伸びていた。

 私は思い出す。

 あの門を。

 高い門楼。

 厚い木扉。

 鉄の落とし格子。

 上の射撃孔からは、いつも兵士の影が見える。

 門の前には槍を持った門番が並び、荷車も旅人も一人ずつ止められる。

 カンタベリオンの門は、甘くない。

 あそこを、警戒された状態で通るのは――

 ほぼ不可能だ。

 だが、セラはあっさりと言った。

「関係ないわ。」

 ダリウスが眉をひそめる。

「では、どうやって門を抜ける?」

 セラはしばらく城門を見ていた。

 そして言った。

「邪魔されたら、押し通ればいいのよ。」

 その瞬間、セラの目に強い光が宿った。

 ダリウスが思わず声を上げる。

「正気か?」

 だがセラは肩をすくめた。

「里帰りを堂々とするだけよ。」

 淡々とした声だった。

 私はその横顔を見て、背筋が冷たくなった。

 怒っている。

 分かっていたはずなのに――

 改めて、それを思い知らされた。

 セラの怒りが、怖かった。

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