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聖環  作者: 北寄 貝


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133/136

次兄 - 3

語り:ミレイユ・カロ

 トリスタンの後ろには、アルヴェイン家の兵が十人ほど。

 槍を持つ者、剣を帯びた者。

 鎧は軽装だが、皆こちらを警戒する目をしている。

 その視線の中心にいるのは、もちろんセラだ。

 彼らの目にセラは、どう映っているのだろう。

「兄様……今、何と……」

 セラは、信じられないといった風だった。

 トリスタンは眉を寄せ、額に手を当てるようにして小さく息をついた。

 まるで、頭の中の整理が追いついていないようだった。

「アルシアを討て、というのが僕に下された命令だ。」

 トリスタンはそう言った。

 通りを風が抜け、壊れた旗がぱたぱたと鳴った。

「ルーメン教会からの命令だ。

 迷いの森を焼き払い、魔女アルシアを討ち、その魔法具を回収しろ、とね。」

 セラが一歩前に出た。

「アルシアは危険な魔女じゃないわ。」

 トリスタンは何も言わない。

 セラは続けた。

「彼女は危険な魔法具なんて作らないわ。

 生活が少し便利になる程度のものだけ。

 それでも人に関わりたくなくて、迷いの森で暮らしているのよ。」

「セラは会ったことがあるのかい?」

「はい。私達も彼女に助けられました。」

 トリスタンは黙って聞いていた。

 その横顔を見ていると、セラの言葉に反論したいわけではない、というのが分かる。

 けれど。

「……そうだとしても。」

 トリスタンはゆっくり言った。

「僕はアルヴェイン家の人間だ。」

 その声は低かった。

「今のアルヴェイン家がどんな立場か、セラは知っているかい?」

 セラの表情が、少しだけ硬くなった。

 トリスタンは続けた。

「帝国に降伏した今、教会はアルヴェイン家より上だ。

 命令を無視することはできないよ。」

 兵たちがじっとこちらを見ている。

 石畳の上に、乾いた砂が風で流れていった。

 トリスタンはセラを見た。

「……それに」

 一瞬、言葉を探すように視線を落とした。

「お前が生きてここにいる、というのはとてもまずい。」

 私は思わず息をのんだ。

 セラは眉一つ動かさない。

「アルヴェイン家が教皇暗殺を企てて、お前がその暗殺者だという話が広まっている。」

「聞いたわ。」

 セラが短く言った。

「事実無根でしょ。」

「もちろん、分かっている。」

 トリスタンはすぐに答えた。

「だが、帝国と教会ではそうなってしまっている。」

 そして、ゆっくり言った。

「お前を教会に引き渡さなければ、アルヴェイン家は教皇暗殺を企てた家として扱われ続ける。」

 通りの向こうで、誰かが戸を閉めた音がした。

 セラは黙っていた。

「セラ。」

 トリスタンの声が少し柔らかくなる。

「ここで僕に捕まれ。」

 その言葉は、命令というより、頼み事のように聞こえた。

「教会に引き渡す。そうすれば少なくとも――」

 セラが首を振った。

 その動きは、迷いがないほど静かだった。

「嫌よ。」

 トリスタンの顔が、ほんの少し歪む。

「私は止まらない。」

 セラは言った。

「真実を知るまでは。」

 教会の塔の上で、風見鶏がぎいと鳴った。

「もしアルヴェインの姓が邪魔なら――捨てるわ。」

 通りが静まり返った。

 兵の一人が思わず息をのむ。

 トリスタンはしばらく何も言わなかった。

 ただセラを見ていた。

 その視線には怒りも憎しみもなく、ただ深い疲れのようなものがあった。

 やがて、トリスタンは小さく息を吐いた。

「……そうか。」

 それだけ言った。

 そして振り返り、兵たちを見た。

「捕らえろ。」

 槍が下ろされる音が、いくつも重なった。

 その瞬間、私ははっきり分かった。

 ――もう止まらない。

 仲良かった兄妹が戦うことになるなんて。

 こんな光景をだれが望むというのだろう。

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