次兄 - 3
語り:ミレイユ・カロ
トリスタンの後ろには、アルヴェイン家の兵が十人ほど。
槍を持つ者、剣を帯びた者。
鎧は軽装だが、皆こちらを警戒する目をしている。
その視線の中心にいるのは、もちろんセラだ。
彼らの目にセラは、どう映っているのだろう。
「兄様……今、何と……」
セラは、信じられないといった風だった。
トリスタンは眉を寄せ、額に手を当てるようにして小さく息をついた。
まるで、頭の中の整理が追いついていないようだった。
「アルシアを討て、というのが僕に下された命令だ。」
トリスタンはそう言った。
通りを風が抜け、壊れた旗がぱたぱたと鳴った。
「ルーメン教会からの命令だ。
迷いの森を焼き払い、魔女アルシアを討ち、その魔法具を回収しろ、とね。」
セラが一歩前に出た。
「アルシアは危険な魔女じゃないわ。」
トリスタンは何も言わない。
セラは続けた。
「彼女は危険な魔法具なんて作らないわ。
生活が少し便利になる程度のものだけ。
それでも人に関わりたくなくて、迷いの森で暮らしているのよ。」
「セラは会ったことがあるのかい?」
「はい。私達も彼女に助けられました。」
トリスタンは黙って聞いていた。
その横顔を見ていると、セラの言葉に反論したいわけではない、というのが分かる。
けれど。
「……そうだとしても。」
トリスタンはゆっくり言った。
「僕はアルヴェイン家の人間だ。」
その声は低かった。
「今のアルヴェイン家がどんな立場か、セラは知っているかい?」
セラの表情が、少しだけ硬くなった。
トリスタンは続けた。
「帝国に降伏した今、教会はアルヴェイン家より上だ。
命令を無視することはできないよ。」
兵たちがじっとこちらを見ている。
石畳の上に、乾いた砂が風で流れていった。
トリスタンはセラを見た。
「……それに」
一瞬、言葉を探すように視線を落とした。
「お前が生きてここにいる、というのはとてもまずい。」
私は思わず息をのんだ。
セラは眉一つ動かさない。
「アルヴェイン家が教皇暗殺を企てて、お前がその暗殺者だという話が広まっている。」
「聞いたわ。」
セラが短く言った。
「事実無根でしょ。」
「もちろん、分かっている。」
トリスタンはすぐに答えた。
「だが、帝国と教会ではそうなってしまっている。」
そして、ゆっくり言った。
「お前を教会に引き渡さなければ、アルヴェイン家は教皇暗殺を企てた家として扱われ続ける。」
通りの向こうで、誰かが戸を閉めた音がした。
セラは黙っていた。
「セラ。」
トリスタンの声が少し柔らかくなる。
「ここで僕に捕まれ。」
その言葉は、命令というより、頼み事のように聞こえた。
「教会に引き渡す。そうすれば少なくとも――」
セラが首を振った。
その動きは、迷いがないほど静かだった。
「嫌よ。」
トリスタンの顔が、ほんの少し歪む。
「私は止まらない。」
セラは言った。
「真実を知るまでは。」
教会の塔の上で、風見鶏がぎいと鳴った。
「もしアルヴェインの姓が邪魔なら――捨てるわ。」
通りが静まり返った。
兵の一人が思わず息をのむ。
トリスタンはしばらく何も言わなかった。
ただセラを見ていた。
その視線には怒りも憎しみもなく、ただ深い疲れのようなものがあった。
やがて、トリスタンは小さく息を吐いた。
「……そうか。」
それだけ言った。
そして振り返り、兵たちを見た。
「捕らえろ。」
槍が下ろされる音が、いくつも重なった。
その瞬間、私ははっきり分かった。
――もう止まらない。
仲良かった兄妹が戦うことになるなんて。
こんな光景をだれが望むというのだろう。




