表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖環  作者: 北寄 貝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/62

風の試練 - 4

語り:ミレイユ・カロ

ハーピーは陽光の中で翼を大きく広げた。

次の標的を見定める、冷たい瞳が――私を捉えた。


体が震える。足が動かない。

風が渦を巻き、耳鳴りのような音が近づいてくる。


「ミレイユ殿!」

再び声が聞こえたが、その瞬間にはもう――遅かった。


影が迫る。

私は身を固くした。

けれど、代わりに飛び出したのは護衛のウィルだった。


鉤爪が彼の脇腹をかすめ、鎧ごと裂いた。

鈍い音とともに彼は崩れ落ちる。


続けざまに水夫のビーンが突進したが、ハーピーが翼を広げて強風を起こし、彼の体は弾き飛ばされて海に消えた。


水音が一つ――そして沈黙。


「もう……やめて……!」

セラの叫びが風を震わせた。

空気が変わる。

甲板の塩粒が舞い、髪がふわりと持ち上がった。


――また、あの風。


胸がざわつく。

甲板の全員が、同じ恐怖を感じているのが分かった。

あの風が吹けば、敵も味方も関係なく倒れる。

誰も、風の魔に抗えはしない。


「……だめ、いけない……」

セラの声がかすれた。

右手の指輪が光り始め、空気が唸る。

風が渦を巻き、索具が鳴る。


「落ち着け……セラ殿!」

ダリウスの声が掻き消える。

帆柱が軋み、甲板が震える。


セラが唇を噛み、涙を浮かべながら小さく首を振った。


「違う……今度は、私が……」


その瞬間、風が一瞬だけ静まった。

そして、彼女が叫んだ。


「――私の意志で吹け! 他の誰でもない、私の風であれ!」


叫びとともに、風が爆発した。

甲板に竜巻のような渦が立ち上がり、光と塵を巻き上げる。

その中心から、低い咆哮が響いた。


黒い影が形を取り、獣の胴に虎の脚、蛇の尾を引きずって姿を現す。

顔は猿に似て、目は光を宿していた。

その一声で、空が震えた。


――鵺。


私は息を呑んだ。

誰も近づけない。

風が壁のようにセラを包んでいる。


セラは鵺を見上げていた。

恐れではなく、何かを理解したような瞳だった。


彼女が言葉を発しなくても、鵺が動く。

踏みしめた空気が一瞬、固まり、風が弾けた。

鵺はその勢いのまま、空を駆け抜け、閃光のようにハーピーへ跳躍した。


空気が限界まで圧縮され、ひときわ鋭い破裂音が響いた。

甲板の樽や縄が吹き飛び、海面が泡立つ。

空では二つの影がぶつかり合い、鵺の咆哮とハーピーの悲鳴が交錯した。


「セラ様……」

思わず呟いた。

風が彼女の髪を持ち上げ、指輪が淡く脈打っている。

まるで彼女の鼓動と同じリズムで光が明滅しているように見えた。


鵺が翼で空を切り裂き、ハーピーの胸元に傷を負わせた。

羽根が舞い、血が陽を弾く。

ハーピーが悲鳴を上げ、距離をとる。


その瞬間、海の向こうから、もう一つの影が飛んできた。

もう一匹のハーピーだ。


二対一。

空の戦いが、さらに激しくなる。


鵺が押され始めた。

ハーピーの鉤爪が鵺の脇腹を裂く。

セラの身体が震え、同じ位置を押さえる。

まるで、ひとつの体を分かち合っているようだった。


「……繋がっている……!」

私は思わず声を漏らした。

鵺の痛みがセラへ、セラの痛みが鵺へ流れている。


鵺が苦しげに鳴き、旋回する。

それでも、セラは立ち上がった。

手にはスリング。


「……一緒に行こう」

彼女が呟いた。


鵺が空を駆け、二匹のハーピーを引きつける。

その瞬間、セラが身体をひとひねりさせて一回転した。

風を纏い、舞うように身を翻す――渾身のスリングショット。


風が弾を運び、石が閃光のように空を裂いた。

ハーピーの翼を貫く。


悲鳴。

一匹が制御を失い、甲板へ墜落した。


「今だ!」

ダリウスが飛び出し、剣を抜く。

倒れたハーピーの喉元に突き立てた。

その体がびくりと震え、静かに沈黙した。


残る一匹が、怒りと恐怖の叫びを上げた。

旋回し、遠くの空へ声を放つ。

その叫びに応えるように、空の彼方から影が二つ――


ひとつは他よりもひときわ美しく、その翼が金の光を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ