迷いの森 - 10
語り:ミレイユ・カロ
セラはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「そういえば……ローズが言っていたわね。」
炉の火が静かに揺れる。
「生贄の希望は、残った者の枷になる、って。」
アルシアは小さく鼻を鳴らした。
「だからさ」
窓の外の森にちらりと目をやる。
「私から見りゃ、リンドンは娘を縛りつける罪な街にしか見えないんだよ。」
風が枝を揺らし、葉が擦れる音が小屋まで届く。
セラは少し考えてから、再び口を開いた。
「私が知りたいことは、もう一つあるの。」
まっすぐアルシアを見る。
「どうすれば聖環の魔物と、ひとつになれるのか。」
思わずダリウスを見る。
胸の奥がひやりとする。
セラは続けた。
「そして――」
声がわずかに低くなる。
「フレヤは、その方法を知っていたはずなのに……どうしてそうしなかったのかしら?」
アルシアは少しだけ笑った。
「どうすれば、ってのは――」
私を指さす。
「この娘を見て分かったんじゃないのかい?」
「え?」
思わず声が出た。
アルシアは私を見ながら言った。
「魔法具ってのはね、人間を燃料にして燃える炎みたいなもんさ。」
炉の火がぱちりと鳴る。
「人間ってのは、大雑把に言えば肉体と精神でできてる。」
ハーブティーの湯気が、ゆらゆらと立ちのぼる。
「たいていの魔法具は、肉体を燃料にする。
だから使うと疲れるのさ。」
アルシアは少し指を振った。
「でもね、肉体だけじゃ足りないくらい強い炎にしたいなら――」
私を見る。
「精神も燃料にしなきゃならない。」
胸の奥がざわつく。
「その娘が使っている魔化の指輪は、肉体と精神の両方を無理やり吸い上げて、強い火力を出そうっていう代物なんだよ。」
私は少し迷ってから言った。
「でも……」
ラドの姿が頭に浮かぶ。
「私みたいに弱い人間じゃなければ、精神まで燃やされないんじゃないかと……」
アルシアが眉を上げた。
「じゃあ聞くがね。」
静かな声。
「あんた、それを今まで使って無事だったのかい?」
私は首を振った。
「魔化すると、いつも意識を失っていました。」
膝の上で手を握る。
「でも……セラやダリウスに牙を向けたのは、今回が初めてです。」
ダリウスが口を挟んだ。
「前回の戦いのあと、指輪が強化された。」
腕を組んだまま言う。
「今回は、その強化後の初めての使用だった。」
アルシアはふうと息を吐いた。
「強化される前から意識を失っていたのかい?」
私を見据える。
「それならなおさらだ。」
ぴしゃりと言った。
「あんたには分不相応な魔法具ってことだよ。」
小屋の中が少しだけ静かになった。
セラがゆっくり口を開く。
「つまり……」
聖環を指でなぞる。
「肉体も精神も、全部聖環っていう炎にくべろ、ってこと?」
アルシアはあっさり頷いた。
「そういうことさ。」
少し肩をすくめる。
「この娘は、くべるのが本意じゃないようだったから、魔法具で途中で止めてやったけどね。」
私を見る。
「あのまま放っておけば、あんたは魔物になっていたよ。」
頭の奥に、あの光景が浮かんだ。
シメオンの村。
暴走したミノタウロス。
人だったものが、別のものに変わっていく姿。
背筋が寒くなる。
アルシアは淡々と続けた。
「で、もう一つの問いだ。」
ハーブティーを一口飲む。
「なんで娘が魔物にならなかったか。」
少しだけ目を細める。
「簡単な話さ。」
炉の火が、静かに揺れる。
「ひとつになったら、別の人格になる。」
小屋の外で風が鳴った。
「そして、生きるために人間を食っていかなきゃならない。」
セラの目が見開かれる。
「あっ……」
まるで、今まで気づかなかったことに気づいたような顔だった。
誰も望まない。
そんなもの。
少なくとも、私の知る人たちは。
炉の火が、静かに揺れていた。




