迷いの森 - 8
語り:ミレイユ・カロ
アルシアは、私の肘の内側に刺さっていた針を、手慣れた仕草で抜いた。
まるで細い棘を抜くみたいに、ためらいがない。
じわりとした痛みが走る。
「分不相応な魔法具を使うもんじゃないよ。」
たしなめるような声。
私は、頭がまだ霞がかっていて、何がどう分不相応なのか、正直よく分からない。
「……すみません。」
とりあえず謝った。
ダリウスがすぐに口を挟む。
「俺が魔化するように頼んだせいだ。
ミレイユは悪くない」
低いが、はっきりした声。
アルシアはちらりとダリウスを見る。
「魔法具なんてものはね、生活がちょっと便利になる程度でいいのさ。」
森の風が、庇の端を揺らした。
「力をどんどん上積みしていくような真似をすりゃ、不幸しか生まない。
あんたも、分かっただろう?」
ダリウスは黙ったまま視線を落とした。
何も言い返せない顔をしている。
アルシアはふっと肩をすくめる。
「外で立ち話もなんだ。お入り。」
私たちは小屋の中へ入った。
扉は低く、少しかがまないと頭を打ちそうになる。
中は思ったより暗い。
石の腰壁の上に木の板壁が続き、天井の梁は太く、黒ずんでいる。中央には小さな炉があり、弱い火が赤く燻っていた。
乾いた薬草が束ねられて天井から吊るされ、かすかに甘い匂いが漂っている。
壁の高い位置には細い棚があり、小さな木箱がいくつも並んでいる。無地で、札もない。ただ静かに置かれている。
四人が入ると、さすがに少し手狭だ。
私が動けばダリウスの肘に触れそうで、セラが振り返れば壁に肩が当たる。
広くはない。
でも、不思議と息苦しさはなかった。
アルシアは木の卓に素朴な陶器の杯を並べ、湯気の立つハーブティーを注いだ。
「そういや娘さん、腕に巻いた紐を返してくれるかい?」
「紐?」
自分の手首を見る。
いつの間にか、細い紐が巻かれている。
慌てて解き、アルシアに差し出した。
「これ、魔法具なの?」
セラが尋ねる。
「ああ。」
アルシアは紐をくるりと巻き直しながら言う。
「巻かれた者の体重が、布みたいに軽くなる。
これを巻いてロバに乗る分には、あの子も苦もなく歩き続けられるだろ。」
「あんたがウェアウルフを軽々と持ち上げられたのも、そういうことだったのか。」
ダリウスは感心した風だった。
――生活が、ちょっと便利になる程度。
アルシアの言葉が、少しだけ分かった気がした。
杯を両手で包む。
温かさが指先に沁みる。
「で、私に何の用だい?」
アルシアは自分の杯に口をつけながら、何気ない口調で言った。
セラが背筋を伸ばす。
「サムグリおじさまは、あなたは聖環についての知識をお持ちだと言っていました。
だから、もし分かったら教えてほしいんです。」
「私が知っていることなら話してあげるよ。」
あっさり。
セラは息を整えた。
「聞きたいことは二つあります。
一つ目は、私、エリアス・ヴァルメイン、ヴァレリー・ノルドハイム、そしてフレヤ・シウ……皆、どうやって聖環に選ばれたのか、です。」
アルシアは少しだけ目を細めた。
「神のいたずら、宿命、偶然……何だっていいがね。」
火がぱちりと音を立てる。
「理由なんか、ないよ。」
「え?」
セラが固まる。
アルシアは続けた。
「聖環なんてたいそうな名前をしてるが、平たく言えば、生き物同士が融合して新たな魔物になるための魔法具さ。」
杯を卓に置く。
「聖環が誰かを選ぶことはない。
ただ、使える適性のある人間が、あんたや娘のように、たまたま生まれただけの話だ。」
たまたま。
セラの指が、杯の縁をぎゅっと握る。
言葉を失っている。
私は胸が締めつけられるような気持ちになった。
“たまたま”で済ませられる話ではない。
こんな過酷な運命を、偶然の一言で片づけられてしまったら、セラはあまりにも報われない。
森の奥で、風がひとつ鳴った。
小屋の中だけが、静かに時間を刻んでいる。




