迷いの森 - 7
語り:ミレイユ・カロ
目を開けると、木の匂いがした。
柔らかい影が揺れている。
しばらく、自分がどこにいるのか分からなかった。
体が重い。
仰向けに寝かされているらしい。
背中にざらりとした感触がある。
藁を編んだ敷物――茣蓙のようなものの上だ。
右腕が妙に冷たい。
視線を落とすと、肘の内側に細い針が刺さっていた。
そこから透明な管が伸び、手のひらほどの灰色の石に繋がっている。
石はかすかに脈打つように光っていた。
「……」
声を出そうとしたが、喉が掠れる。
視界の端に、セラの顔があった。
「ミレイユ。」
ほっとしたような声。
その隣にダリウス。そして、見知らぬ老女が私を覗き込んでいる。
私は、どこまで覚えている?
猿。
セラの風。
魔化。
身体が変わる感覚。
そこまでは、いつも通り。
でも――
意識が途切れる直前。
胸の奥から湧き上がった、あの衝動。
壊したい。
引き裂きたい。
目の前のすべてを。
あれは、今までなかった。
ローズが言っていた「強化」。
あれが、あの衝動なのだろうか。
「何とか元に戻ったようだね。」
老女が言う。
元に戻る?
私は眉を寄せた。
いつもは、気を失えば時間が解決してくれていた。
目を覚ませば、人の姿に戻っている。
それで済んでいた。
セラが老女に向き直る。
「ありがとう。」
深く頭を下げる。
私は起き上がろうとした。
だが、身体に力が入らない。
まるで骨が抜けたみたいに、腕が震える。
セラの手が、そっと胸に置かれた。
「もう少し休んでいて。」
慈しむような声。
ダリウスが低く言った。
「君は、シメオンの村で見たミノタウロスと同じようになっていた。」
息が止まる。
あの時のミノタウロス。
人の理性を失い、魔物に呑まれた存在。
自分が、あれと同じ?
私は、怖くなった。
私は、人でいられたのだろうか。
「この方――アルシアが、あなたを元に戻してくれたのよ。」
セラが老女を示す。
理解が追いつかない。
それでも、私は小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
老女――アルシアは、私の右手を取った。
魔化の指輪を、指先ではじく。
「こんな可愛いお嬢さんじゃあ、この魔法具が使えるわけないじゃないかい。」
軽い調子。
だが、その目は笑っていない。
私はもう一度、起き上がろうとする。
今度は、背中にセラの手が添えられていた。
支えられながら、どうにか上半身を起こす。
庇の下にいるらしい。
目の前に小屋があった。
低い石積みの壁の上に、木の板壁が重なっている。
屋根は苔と蔦に覆われ、森とほとんど同じ色をしている。
小さな窓は丸く、硝子越しに薄暗い影が揺れている。
煙突からは、細い煙がまっすぐ立ち上っていた。
派手さはない。
豪奢でもない。
森の中に建っているのに、森に呑まれていない。
ここだけが、静かに“在る”。
私はようやく理解した。
この老女が、アルシア・シウ。
アルビオン島最高の魔女。
そんな人に、私は助けられたのか。




